変わりゆくインターネットの美意識や価値観
米連邦通信委員会(FCC)が、インターネットを流れるトラフィックに差をつけずに扱うべきであるという「ネット中立性」に関する規制を撤廃する方針を発表しました。
- WIRED: 米国から「ネット中立性」が消える日がやってくる - FCCと通信業界の攻防、その論点を振り返る
- 日経新聞:米、「ネットの中立性」撤廃 コンテンツの扱い格差容認 通信会社の投資促進、値上がりの懸念も
ネット中立性の話とは直接関係はないのですが、この記事を見ていて、20年ぐらい前のIETFでの議論を思い出しました。 当時、学部生だった私は、RSVP(Resource ReSerVation Protocol)の動向を追っていましたが、IETFでの議論では、「そもそも、QoSはインターネットにそぐわない」という論点が度々登場していました。 「Classification?バカなことを言うな!インターネットはBest effortだ!」という感じのノリだったと思います。
当時、レイヤーバイオレーションも忌むべきものとする人も多かったです。 MPLSが登場する前段階の議論で、「ラベルスイッチングって、凄く気持ち悪い」みたいな意見も多かったと記憶しています。
いま、私は、IPv6本を書いていて、ちょうどIPv6アドレスの自動設定について書いているのですが、名前解決に関連する情報をRouter Advertisementに含むかどうかの議論も、20年近く前と今では全く違います。 RAに名前解決関連の情報が含まれず、Stateless DHCPv6で名前解決関連の情報を提供するような設計になった背景として、レイヤーバイオレーションを嫌った設計がありました。
で、何が言いたいかというと、インターネットが普及したことによって、昔の「美意識」というのが今は想像もできないだろうし、理解もしがたいのだろうなぁと思ったのです。 QoSを実現できるような機器はいまでは全く珍しくないですし、Best effortであると明示されているサービスに対してパケットをひとつも落とさないような品質を求める顧客もいます。 ビジネスという側面が大きくなるにつれて、QoSが非常に大きな要素になっている場合もあります。
レイヤーをまたいでQoSを実現するようなこともあり、いまでは「レイヤーバイオレーション」という表現そのものを見ることも稀になりました。 トラフィックの運ぶコンテンツに応じたQoSが、様々な形で注目されることが増えてきましたが、いま目の前にある「インターネットのあるべき姿」と人々が思っていることが、たとえば今から20年後の人々が考える「インターネットのあるべき姿」とは全く異なるものである可能性もありそうです。
いま目の前にあるものが、そのまま形が変わらずに存在し続けると思いがちですが、実際は少しずつ形が変わりつつあり、そこに関わる人々の価値観や美意識も変わっていきます。インターネットも徐々に変わっているし、これからも変わっていくのだなぁと思いました。
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