問題点を発見する難しさ

2008/6/17-1

問題点を発見するということは非常に困難な作業であると思うことがあります。

以前、「研究とは、非常に限定された環境において発生する限定的な問題点を厳密に定義し、その事象に対して最適化した解決策を考えてまとめること」という話を聞いたことがあります。 お酒を交わしながらの半ば冗談での会話でしたが、納得できる部分もありました。

特定の環境における最適化がある程度溜まってくると、それらを組み合わせて実際の世界に近い環境での最適化が出来るようになります。 ただし、自分が設定した「限定された環境での問題点」が現実世界のピースとして存在し得ないようなものであれば、研究自体が研究のための研究になってしまいます。 しかし、現実世界のピースとして存在し得ないような超ニッチなテーマの方が色々とやりやすい面があるので厄介です。 (研究のための研究だと思っていた研究が、ある日突然脚光を浴びて光輝く事もあるので、結局何がどう駄目なテーマなのかは良くわかりませんが。。。)

研究という分野において、このような問題点に最初に遭遇するのは卒業論文などではないでしょうか。 各学生が卒業論文で最も苦労するのはテーマ探しであるような気がします。 現実世界とのリンクも明確でやりがいがあり、かつ解決可能な範囲の技術的困難があるような、「やりやすい」テーマがあれば、筆も進みます。 一方で、テーマが決まらずに時間だけが過ぎていくと、プレッシャーや自己嫌悪が徐々に顔を出してきます。

ある程度研究テーマがストックしてあって、学生に分配するようなシステムが出来上がっている分野であれば、このような問題は発生しないのかも知れません。 しかし、分野によってはテーマというのはある程度は各自が発見するところに意義があるという空気が溢れるところもあります。 そのような環境で、テーマ探しで悩んでいる人に対して多くの先生や先輩が及び腰になりがちである点も、「研究」という分野の敷居を上昇させているのかも知れません。

適切な問題意識が整えば、その後はある程度レールに乗って作業をする形になっていくので、純粋に時間との勝負になっていきます。 (テーマ発見に多大な時間を割いてしまい、作業にかけられる時間が大幅に削られてしまうという問題に遭遇してしまう場合もあります。)

適切なテーマを各自が発見しやすい環境というのはどうやったら作れるのだろう?と考えることがありますが、まだ回答は見つかっていません(自分の研究テーマを探す時を含めて。。。)。 それこそ、そのテーマを「研究」すべきなのかも知れません。

適切な問題設定が出来れば、解決策を考える作業は自ずと前進していくことも多いのではないかと思う今日この頃です。

(テーマ探しは半分他人事ではない罠。。。)

(今までやっていたテーマとは違うテーマに変更する場合にも同様の事象が発生すると思われます。)

(なお、このような傾向は研究分野において顕著なだけなのかも知れません。)

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