自分の事を棚に上げる必要性

2007/9/20

全ての場合に当てはまる事ではありませんが、状況によっては自分の事を棚に上げて物事に言及する事も重要であると考えています。 また、言及された側も、相手が自分の事を棚に上げているという事に目くじらを立てるべきではない場合があると思われます。 (まあ、ケースバイケースではあると思いますが。)

例えば、ソーシャルブックマークで批判的な感想を述べた人の運営しているブログが激しくつまらなかったとします。 そこで「お前のブログはクソなくせに人のものにケチをつけるのか?」という議論を見ることがあります。 感情としては非常に理解できますが、論点が「批評」である場合、個人的には「その人が書いているブログ」よりも「その人の書いている批評」に着目すべきだと思っています。

ブログが最悪でも、辛口の批評は秀逸という可能性はあります。 映画評論家が最高の映画を作れるわけではありませんし、秀逸な書評を書く人がミリオンセラー書籍を執筆できるとも限りません。 それと同様で、ブログという世界でも評価するのは得意だけど、生み出すのは苦手という人が居ても良いと思います。

「批評は良いけど、ブログがクソなお前は批評するな」と言って心を閉ざしてしまうと、その良い批評から得られるものはゼロになってしまいます。 あくまで、批評は批評であり、ブログはブログなのではないかと思います。 なお、批評がクソ、ブログがクソというのは個々にはあり得ると思います。

同様の事はネット上だけではなく、実世界にもありそうな気がしています。 例えば、プログラミングができないという理由で社長がプログラマの成果物に対して意見を言うのを遠慮してしまうようでは、その会社は長くは続かない気がします。 自分はプレゼンが下手だからという理由で、部下のプレゼン練習時の分かりにくかった部分を全く指摘しない上司には困ってしまいます。

日本の文化では「自分ができないから」という理由で遠慮することが多いと思われます。 立場やそれまでの人間関係によって「お前が言うなよ」という事になる場合もある諸刃の剣ではありますが、自分が出来ない事に対してもあえて意見を言えるというのは、偉大な事であると思います。

なお、自分がやっているのに「こういうことは良くない」と自分の事を棚に上げて一般論として批判するというようなタイプの「お前が言うな」は、また別の話になるのでご注意下さい。

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