ネット書き込みで損害賠償数百万円の時代が来る?

2010/4/7-2

先日の「もはや「ネットは便所の落書き」ではない」で書き忘れた視点の追記です。

先日の記事は、ネット上の個人表現での名誉毀損の成立に関して、報道と同基準で判断すべきとする最高裁判決に関連してでした。 この判例と、最近の名誉毀損による損害賠償の高額化が組合わさってしまうと、書き込みを行った側からみれば「ちょっとした書き込み」であっても、高額な損害賠償を請求されてしまう可能性もありそうだと思いました。

ネットの影響力増大と付随する責任

電通による「日本の広告費(2009年)」では、インターネットの広告費が新聞を抜き、日本国内で第2位の「メディア」とされています。

ネットが国内第2位の媒体であり、それをもって影響力があるとされたときに、そこに問われる賠償責任も「メディアと同等」であるという方向に徐々に向かっているのかも知れません。 そして、例えばPage Viewだけを見て「○○という雑誌よりも読まれた回数が多いので」という視点になった場合の賠償金額算定がどうなってしまうのか、と思いました。

ネットで厄介なのは、常に読者が多い媒体だけに責任が課されるわけではなさそうだという点です。 ネットでの表現がフラットであるという主張は非常に多いですし、普段は全く注目されていない個人が行った発言であっても、アテンションを持っている個人や媒体がリンクを張るだけで急激に注目されることがあります。

ネットでは全てがフラットなので、「表現活動をする」という意図を持っている人も、持っていない人も、全て同等に「責任」が課されてしまう可能性を秘めているのだろうと思います。 本人の意図とは関係無く、自分が発した情報が急激に一人歩きをしてしまったときに何が起きるかという問題が今よりも顕著になるのかも知れません。

名誉毀損訴訟による賠償金額の高額化

最近は出版社に対する名誉毀損訴訟での賠償金額が高額化しているようです。 2009年9月に日刊サイゾーに掲載された記事は、以下のような出だしで始まっています。

日刊サイゾー: 高額化する名誉毀損訴訟と名物編集長の"どうでもいい"裁判沙汰

 ここ10年来、活字ジャーナリズム衰退の原因に名誉毀損の高額化がある。

 最近でも、「週刊現代」と相撲界八百長訴訟840万円、「週刊新潮」と楽天三木谷社長990万円、「フライデー」貴乃花夫妻440万円と、メディア側への高額判決が並ぶ。

 すごい数字だ。

 思えば清原和博「週刊ポスト」訴訟で、一審1,000万円(01年の高裁では600万円に減額)と大台を突破したことが高額化のハシリと思われるが、高額化はいまだに勢いを増すばかり。

他にも、2009年5月に以下のような記事があります。

MSN産経ニュース: メディア懸念、相次ぐ賠償高額化…著名人の名誉棄損訴訟

この記事は、週刊現代の八百長報道で名誉を傷つけられたとして力士30人と日本相撲協会が求めていた損害賠償訴訟で合計4290万円の支払い命令が出たことを報じています。

その中で、高額損害賠償命令が出た背景として以下のように「脇の甘い取材に対する批判意識の高まり」を指摘しています。

 高額化の流れに、日本雑誌協会は4月20日、「雑誌ジャーナリズム全体を揺るがしかねない事態を招いている」と抗議する声明を発表した。名誉棄損訴訟に詳しい梓澤和幸弁護士は、高額化の背景に「脇の甘い取材に対する批判意識の高まりがある」と分析する。

 名誉棄損訴訟での賠償額は100万円前後で推移していた。だが、平成13年を境に、高額賠償を命じる判決が目立つようになった。

 関係者が指摘するのは2件の訴訟だ。13年2月、女優の大原麗子さんが女性週刊誌を訴え、東京地裁が500万円の支払いを命じた訴訟と、元巨人の清原和博氏が週刊誌を相手取り、東京地裁が1000万円の支払いを命じた訴訟がその先駆けとなっているという。

雑誌の場合は「脇の甘い取材に対する批判意識の高まり」ですが、ネット上の書き込み全てを純粋にそれと比較してしまうと、どうなってしまうのでしょうか。。。

「ネットの世界は玉石混合」という表現は良く目にしますが、最も「ひどい」と思われる部分にフォーカスをあて続けて考えてしまうと、個々の事例と各個人による情報発信をリンクして考える人は多くない可能性があります。

個人的には、ネットへの書き込みとそれに伴う責任というコンテキストでは、スマイリーキクチ氏のブログ炎上事件は一種のターニングポイントだった気がしています。

スポーツ報知:スマイリーキクチ「ブログ」炎上させた18人立件へ

様々な事例が徐々に積み重なっていき、結果としてネットを舞台とした名誉毀損の損害賠償金額が上昇していってしまうのかも知れないと思いました。

「報道と同基準」の重さ

今回の最高裁判所での判例は、ネットへの書き込みに対しても「報道と同基準で真実と考える相当な理由を立証できる必要がある」ということなのでしょうが、これは非常に重いことである気がしています。

真実である、もしくは真実と考える相当な理由がいかに困難かは、以下の記事にて述べられています。 下記記事を読むと、自分が行ったネットへの書き込みに対しても同様に「真実と考える相当な理由」を立証できる自信は私にはありません。

MyNewsJapan: オリコンうがや訴訟2 「裁判なんか起こすんじゃなかったと思わせよう!」

真実と考える相当の理由の立証に関して「報道と同基準」というそのままの表現通りで考えてしまうと、ニュースを見た感想をブログ上で述べるだけで名誉毀損に問われる可能性すらありそうです。 現時点では、よっぽどのことがなければそこまではいかないのでしょうが、時間をかけて徐々に様々なものが積み重なって行くような気がしてきました。

オリコンによる訴訟

さらに、数年前に大きな話題となったオリコンによる訴訟と同じ事が、ネットの書き込みに対しても行われる可能性を考えると怖くなります。

考え過ぎかも知れませんが、オフラインで話した内容が、自分ではない第三者によってネットに掲載された結果、訴訟を起こされてしまうことすらあり得るのかも知れません。 以前、「情報デリカシー」という記事を書いたのですが、それと今回の件を組み合わせて考えるとちょっと怖いです。

最後に

今回、最高裁判所で「ネットの書き込みも報道と同基準」とされたのは名誉毀損の成立に関連しての要件です。 刑事事件で罰金が30万円ということもあり、民事事件ではないという点にも注意が必要かもしれません。 しかし、昨今のネットの影響力上昇を考えると、損害賠償金額が今後は急激に上昇するのではないかと思いました。

そのとき、日本国内におけるソーシャルメディアを含むネット上での情報発信はどのように変化してしまうのでしょうか。。。

最近は大手メディアの衰退が盛んに報じられていますが、組織の後ろ盾を持たない個人だけが情報発信をする世界が来たとして、そのときに各個人に課せられる「ネットの情報発信に伴う責任(もしくはリスク)」は、今とは違った概念や感覚の元に運用されているかも知れないと思った今日この頃です。

追記

小倉先生の2007年ブログ記事を見ると既に相場が百万円になっているようですね。 「la_causette: ネット上での名誉毀損の慰謝料額の相場

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