情報デリカシー

   このエントリをはてなブックマークに登録    2009/11/9-1

この前、知人と一緒に「情報の暴露」に関して歩きながら話していました。 個人的な付き合いで知り得た情報を、本人の了承無く、本人の意図しない公開された場所で暴露してしまう人がネット上で増えているのではないかという話題でした。

そこで、「そういった点に関しての情報リテラシ教育も必要なのかも知れませんね」という発言をしたところ、「それはリテラシの問題ではない。むしろデリカシーの問題だ」と言われて、今までモヤモヤとしていたものが急に晴れた気がしました。

確かに、個人的に経験した「他人による嫌な暴露」は、情報リテラシが高いと思われる人によって行われていました。 「何をされると人が嫌がるか」という視点が欠けているというのは、リテラシというよりも、デリカシーだと言われると非常に納得できます。

リテラシが高くてデリカシーが無い人が怖い

オフ会などで同席して最も怖いのは、情報リテラシが非常に高くてデリカシーが無いタイプの方々です。 お酒を飲みながら、「そこだけの話」として盛り上がっている内容をTwitterなどに実況されたり、後々ブログなどで書かれると非常に痛いです。

また、宴会写真も困る事があります。 昔、まだ顔出ししていない時期に、飲み会でいつの間にか写真を撮影されて個人ブログに掲載された事がありました。

そして、以後やめて下さいとお願いして、了承してくれる人と、「プライバシーなんて将来無くなるんだよ!」と言って気にする方が悪いと逆に怒られる場合があります。

電話番号、メールアドレスを勝手に教えないで!

うっかり多くの人がやってしまう、「情報デリカシー」が欠けた行動として個人的に思っているのが、勝手に人の電話番号やメールアドレスを他人に教えるというものです。

例えば、名刺交換をした後に、会った事が無いPR会社から「○○さんから紹介して頂いたのですが」というメールが来ても、どう対処して良いかわかりません。 メールアドレスは一般に公開しているわけではないので、勝手に他人に教えたりされるとあまり良い気分ではありません。 一言事前に言ってもらえるだけで、かなり印象が変わるはずなのですが「連絡先ぐらい勝手に教えてもいいよね」という人は結構多い気がしています。

自分ではなく、他人の情報を教えてくれようとしてくれたという話もあります。 雰囲気としては、まなめさんが書かれている「304 Not Modified :ブログに何を書かないか」に近いのかも知れません。

デリカシーに基準なんて無い

さて、では、どうすれば良いのでしょうか? こんな記事を書いておいてなんですが、恐らく答えはありません。

個人的に、「デリカシー」とは受け取る側の基準によって全く変わると考えています。 言い換えると、相手が嫌がる事は、相手にとっては「デリカシーの欠ける行為」なんだろうと思います。

そのため、単一の簡単な答えというのは恐らく無く、「こういうタイプの人は、こういう事を嫌がった事がある」という経験を積んで行くしかなさそうな気がします。

また、不特定多数が読む事を前提したオンラインで情報を公開しているということは、不特定多数の受け手が存在するという事であり、様々なバリエーションの「デリカシー」が適応されるため、「デリカシーが無い」という状態から逃れようはなさそうです。 どれだけの人数が「デリカシーがある/ない」と判断するかの比率次第であり、コンテキスト次第になるのかも知れません。

面倒ですけど、まあ、そんなもんだろうと思って個人的には割り切っています。

まとめ、名寄せ

既に公開されている情報をまとめる事で、新しい何かが見えてしまう事があります。 このような「まとめ」や「名寄せ」などは非常に難しい問題です。

「既に公開されている」という意味では、その通りですし、「それによって新たに見える物をフォーカスさせる」という点もあります。

どこまでが許されて、どこからが許されないのか、に関しては完全にケースバイケースであり、さらに受け手によっても、その許容範囲は変わりそうです。

この、いかんともし難い感じが「リテラシ」というよりも「デリカシー」なのかも知れません。 いや、むしろ、オンライン上に公開された情報を拾い集める方法を知っているかどうかが「リテラシ」で、得た情報をどのように公開するかが「デリカシー」に分類されるんですかね???

「デリカシーの無い人間にはなるな」というわけではない

「オンライン上でデリカシーの無い人間になってはいけない」と言うつもりはありません。 自分でわかっていながら、自分のデリカシーの無さを楽しむ人も、オンライン上にはいそうです。 そして、そういう人だとわかっていれば、周りも相応の対処をしつつ身を守れます。

問題は、自分がデリカシーの無い人間であると認知され兼ねない事を認識せずに、情報デリカシーが欠如した行動をしてしまう人々なのかも知れません。

最後に

恐らくリテラシとデリカシーは分けて考えた方が良いと最近考え始めました。

人は他人の情報は根堀葉掘り知りたい反面、自分の情報は知られたくありません。 例えば、芸能人のプライバシは知りたいけど、自分のプライバシを新聞などに書かれると恐らく怒り狂います。

他人の情報を暴露したいという魅惑は、そこら中に転がっています。 その魅惑とどう付き合うかや、書きたくなったら相手の了承を得たりするというステップを踏むか踏まないかなどが「情報デリカシー」と言えるのかも知れません(ただし、話が報道などになると相手の欠点を書きつつ了承を得るのが困難なので、また違った話になりそうです)。

なお、「情報デリカシー」というのは恐らく今回の造語で、一般用法ではないと思います。 また、この文章は自分のことを棚に上げて書いているので、そこら辺はご了承頂ければ幸いです。

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コメント

かちょ
 
「デリカシー」は「デリカシー」、
「リテラシー」は「リテラシ」、
なのは、なぜですか?

それが気になって本題に進めません。
(すんません)
 
あきみち
かちょさん、

何となくです。悩みましたがそう記述してみました。


あきみち

アカマイ 知られざるインターネットの巨人

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