mixiとtwitterとブログ

   このエントリをはてなブックマークに登録    2009/2/26-1

昨日、ふと思いついて塩漬けにしてたままのmixiアカウントをいじってみる事にしました。 mixiアカウントは昨年後半作った物でした。 取得したアカウントはほとんど使っておらず、mixiの中の世界もほとんど覗いていませんでした。

昨日色々と見ていたのですが、mixiにはmixiの生態系があり、私に取っては新しい世界がそこにありました。

使い分け

まず発見したのが、mixiとtwitterとブログをやっている人が居て、それぞれの使い方は別だということです。

例えば、ブログは超社交辞令モードで無難な話/技術的な話/メモ用のクリッピングなどを中心に行っていて、twitterは他の人の発言を閲覧することを中心に行っていて、mixiでは積極的に生活の話等を書くという使い分けなどがありました。

最近の私はtwitterがきっかけで交流が生まれて、オフでお会いしたり、何かの記事のネタとなるような情報を頂けたりという事が多くなってきました。 恐らく、背景にこのブログの存在がある気がしています。 例えば、ブログを読んだ方がtwitterでフォローという流れが多いのだろうと思います。 mixiは、また違った方向性の新しさがありそうな気がしています。

mixiを覗いてみた一番大きな衝撃は、今まで「アクセス数」などの「数値」としてしか観測できなかった読者の方々が急にリアルな人物として実感しやすい形でオンラインに登場した事です。 ブログを書いているとネットの向こう側には人の目があり、人が居て、アクセス数は「数値」では無い事はわかっていても、それを本当の意味で実感出来る事は非常に少ないです。 例え、トラックバックが来たりコメントが来たとしても、どこかサイバーな感じがあります。

twitterだと、自分に向けて発言が来たりチャットのように語り合ったりするので多少サイバー感が薄れますが、まだ何か「アカウント」的な距離感を感じます。 mixiの世界もサイバー感が漂っていますが、実名写真掲載文化がその他のサービスよりも多い感じがしますし、生活の事を書いている人の割合も多い気がします。

そうなると、急に「ああアクセス数の向こうには人がいるんだなぁ」という実感がさらに強くなった気がします。 まだちょっと何か具体的ではないのですが、個人的に何だか大きな変化を感じました。 全ては私の内面的な問題なので、ちょっと文章にするのが難しいのですが。。。

マルチキャスト的要素

twitter、mixi、ブログにはマルチキャスト的要素があるという共通点がありそうです。

1対1の携帯メールで実現されるようなユニキャストと違い、mixiやtwitterやブログは「受け取りたい人が勝手に受け取る」というマルチキャスト(multicast)的要素を持っています。 メーリングリストはマルチキャスト的要素を含んでいる気もしますが、メールの場合は相手が強引に受信箱にメールを挿入可能という意味で多少概念が違いそうです。

この「受信者主導」のマルチキャスト的要素が非常に気楽で良いのかも知れません。 もちろん、mixi中毒と呼ばれるような状態や、コミュニティによっては「ちゃんと足跡つけろ」とか「見たらコメントしろ!」というようなものもありますが、少なくともシステムとしては受信者主導のプル型(pull型)であるように見えます。

twitterはどちらかというと発言が流れて行ったり、見落とす事が前提のコミュニケーションが多い気がします。 この様子は、マルチキャストでUDPパケットが消えて行くのに似ています。 mixiやブログも流れて行く可能性があるの事に変わりはないのですが、各情報の粒度がtwitterよりも大きく個人が出す情報の「数」がtwitterよりも少ないので、どちらかというとreliable multicastぽいようなイメージがあります。

「村」の境界線

オンラインのサービスで人が群がったり、コミュニティが出来上がって来ると、そのコミュニティが「村」のように見えてきます。 「村」という表現は、コミュニティの排他性や内輪っぽさを揶揄して使われる事もあります。

各種サービスで面白いのが、「村」や「島」の境界線という概念がサービスによって違う事です。 例えば、ブログで考えると「村」という概念はブロガーを中心とする読者の集合か、もしくは内輪でお互いにトラックバックし合うような仲間なのかも知れません。 これらには、明確な「境界線」が存在せず、人によって「どこまでが村」なのかが変化するのだろうと思います。 以前、読者反応理論に関して色々書きましたが(ブログと「つながり」「ブログとは何か」を読者視点で分析する)、それと同様で「村」の境界線というのは各読者の心の中にあって、同じ「村」でも境界線が読者の数だけ存在するのだろうと思います。

一方で、twitterやmixiでは、自分を中心とする円が出来上がっていて、その円の半径はシステム化されているという特徴がありそうです。 その「円」は例えばフォロワーであったり、マイミクだったりするのだろうと思います。 これらのサービスでは「境界線」は人の数だけあるのですが、こちらの場合は「自分を中心とするコミュニティ」という境界線なのが特徴である気がします。

twitterはバーのカウンター

最近、私のtwitterアカウントがバーカウンター化しているような気がすることがあります。 何かに関してワイワイと複数人で語っていると、全然関係がない人同士がいつの間にかフォローし合っている状態が発生したりしています。 逆に、私が他の人に語りかけた次の瞬間にフォロワーが増えることも多いです。

何かの話題に関して盛り上がるというのは、「同じ興味があって積極性がある人が集合している瞬間」と言えそうです。 そして、その人の発言が鋭かったり興味深かったりすると、フォロワーが増えて行くようです。 特定のtwitterアカウントを軸として、同じ興味を持つ人同士の新しい「出会い」が発生している状態です。

隣の集団の会話があまりに楽しそうなので乗り込んで行って、いつの間にか知り合いになっているような感じでしょうか。 twitterだと、リアルで飲んでいるところに割り込むよりも自然だという手軽さはありそうです。

自分自身のtwitterアカウントがバーカウンター(i.e. 自分がバーテンダー)というアナロジーを採用したとして、 twitter上で「あちらのお客様からです」とダンディに言えるシチュエーションてどんな時ですかね?

twitter上でのこの現象を「ルイーダの酒場化現象」とでも命名してみましょうか。。。

この文章もtwitterが元です

この話もtwitterでのつぶやきが元になっています。 私が、以下のように呟いたところ、複数の方々から反応を頂けました。

mixiとtwitterとブログは、それぞれ同じ人が使っている事もあるけれど、全体として全く違った生態系になってそうなのが凄く面白い。この使い方の差はどこで生まれるんだろうか?

中には、「tumblrも含むべき」や「女子中高生の間ではプロフ」というような返信も頂けたのですが、それらはまた今度機会があったら見てみたいと思います。 ただし、プロフに関しては恐らくオッサン禁止空間だろうと思うので、多分わからないだろうと思います。

私の各種アカウント達

以下が私の外部サービスでのアカウントです。 フォローや追加はご自由にどうぞ。 基本的に閲覧の制限はしていません。

ただし、こちらからの追加やフォローに関しては気がつくかどうかや、サービスの使い方によってポリシーが違ったり、気分で変わったりするのでご注意下さい。

オンラインでのコミュニケーションのやり方というのは、人によって全然違いって千差万別なんだろうと思います。 私は私のやり方で色々とやってみて、わかった事や知る事が出来た世界などを今後も増やせて行ければと考えている今日この頃です。

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