ブログは顔が見える、Twitterは腹が見える

   このエントリをはてなブックマークに登録    2009/9/16-2

「ブログは終わったよね」という話をたまに聞きます。 私のまわりで、このネタが特に多くなったのが「メディア・パブ : ネット・クチコミの担い手,主役がブログからツイッターへ」という記事が出てからです。

それに対してネタフルのコグレさんはTwitterが瞬間メディアで用途が違うという解説記事を書かれています(ネタフル:ブログマーケティングはもう終わりだ)。 私も同意見です。 Twitterは瞬間メディアであり、ブログとは用途が違うのだと思います。

ただ、「何故TwitterユーザはTwitterの方が好きになるのだろう?」という疑問が私の中に湧いてきました。 ここでは、そこら辺から考え始めて、さらに派生して色々Twitterに関して考えてみたいと思います。

ブログは顔が見える、Twitterは腹が見える

ブログとTwitterは何が違うのでしょうか? 個人的に両方を使っている感想としては「ブログは顔が見える媒体、Twitterは腹が見える媒体」ではないかと思います。

言い換えると、より深く「本音」が見えるような気がするのがTwitterではないでしょうか? 飲み会とか、クローズドな講演会でしか聞けなかったような「ちょっとヤバめ」な発言を見ることができて、ちょっとワクワクするという感じでしょうか。

でも、これって実は錯覚かも知れないと思う事もあります。 特に被フォロワーが多いような人は自分が見られている事は意識しているわけで、本音で語っている事もあるでしょうが、オブラートに包んでいることも多い筈です。

Twitterの表現方法にも「本音」っぽく見せる要素がある気がします。 短いフレーズを繰り返し伝えると印象が強くなりますが、Twitterの文字制限はこのような効果を出しているような気がします。 140文字では詳細は入らないので、読者側は多くの部分を「自身の常識」によって補完しなければなりません。 そこで都合の良い解釈で補完されるので「本音だ」と感じてしまうのかも知れないと勝手に妄想してみました。

ブログが何だか、わからなくなってきた

当初のブログは「個人による意見」という位置づけで感じていた読者が多かったと思います。 「身近な意見」というものや「素人が書く内容に対する親近感」というもが強かったのではないでしょうか?

しかし、ブログ(もしくはその祖先)が登場してから10年以上の月日が経過し、徐々に書き手の「幅」もしくは「乖離」が出てきたと思われます。

最初は「皆がフラットにブロガー」という風な雰囲気だったのが、いつの間にか「月間100万人が見てるブログ」という感じで、もはや友達のような親近感を感じる対象ではなく、どこか遠い存在に見える方々が登場してきて、そのような人々が目立つために「ブログって何???」という点がわからなくなった人が増えたのかも知れません。

さらに、企業ブログなどが一般化したことによって、「ブログでの発言は公式見解」というイメージが増えてきた事もあると思われます。 「○○という立場を離れて個人として言う」という事がブログ上では困難な雰囲気が広がり、ブログでのアウトプットが「公式見解」として受け取られると、どうしても無難な表現しか出来ないのかもしれません。 (それはTwitterで発生した何かだろう!とか、社長とか取締役であれば「立場を離れて言う」という事自体がコンプライアンスとして、という議論はあると思いますが、それは今回は範疇外です。)

でも、ブログはそもそもツールでしかないと個人的には考えているので、ある意味なるべくしてこうなったとも思えます。 要は、時間が経過して、日々積み重ねた続けた「何か」の差が、今からはじめる人と既に長期間続けている人とで絶望的に大きくなったということなのだと思います。

Twitterは、まだ親近感がある

一方で、Twitterでは知らない人と会話する事に対するハードルがさほど高く無いという面もあり、交流も活発です。 ちょっとした発言に対して、思わず和んでしまうような本当に下らない突っ込みが来る事がありますし、いきなり大喜利が始まることもあります。

この「親近感」がTwitterの大事な要素である気もします。 そして、互いに親近感が湧いて来ると「まあ、ここまでは書いても大丈夫だろう」という敷居が徐々に下がるのかもしれません。 ブログが半分公な存在となって書きにくくなり、雑誌への寄稿ではとても書けないような事であっても、Twitterでは書けてしまうのかも知れません。 それが「腹まで見える」という雰囲気を出しており、魅力的だと言えそうです。

さて、では、この「親近感」はいつまで続くのでしょうか? Twitterというメディア特性上発生しているのでTwitterが続く限り続くのでしょうか? それとも、いくつかの「事件」がTwitter上で発生して、徐々に知らないユーザ同士での「親近感」が薄れて行くのでしょうか?

個人的には、徐々に「untouchable」な雰囲気のアカウントが増えている気がします。 例えば、被フォロー数が10人ぐらいの人物が、被フォロー数が10万人の人物に話しかけられたらビビるということもありそうです。

あとは、Twitter発言を公式発言としてメディアが取り上げて大きなニュースになるような事が増えれば、徐々に「胸毛ぐらいまではいいけど、腹は見せない」ユーザが増えてしまうのかも知れないと感じています。

良くある親近感への勘違い

余談ではありますが、親近感に関連してTwitter上で良く遭遇する勘違いとして「あ、この人に対してここまで言ってもいいんだ」に関するものがあります。

Twitter上ではフラットに他人同士の会話が見えることがあります。 それを見ていると、特定のユーザ同士が何か妙に仲良く話していたり「今度飲みに行こうか」というような話をTwitter上でしている時があります。

そして、全く知らない第三者が「じゃあ私も」となると、言われた側は微妙な気分になることがありそうです。 リアル世界での知り合いかどうかを第三者側は知りようがないので、仕方がないと言えば仕方がないのですが、そこら辺は高度な「腹の探り合い」が重要な要素と言えるのではないでしょうか。

Twitterだけでは実体の無いポインタ

Twitterは瞬間メディアであると同時に140文字メディアです。 そのため、具体的な内容が直接Twitterに書き込まれる代わりに、詳細を記述してあるURLが示される事が多いです。

そのため、何かを詳しく伝えようと思った時にはTwitterだけでは足りない場合が多く、ブログなどの外部サイトに「実体」を構築してから、それを紹介する形をとります。 (メディア・パブさんの記事は「動画」という実体への観客動員数がTwitterの方がブログよりも多かったという比べ方でしたね。要はポインタとしての能力がTwitterの方が高かった事例ですね)

ブログというのは入れ物(ツール)でしかなく、そこに書かれた個々の記事が読まれるかどうかは別の問題です。 定期購読者が多ければ、ベースとして各記事が読まれる回数は増えるのでしょうが、結局は「内容次第」であることが多いです。 内容が面白ければ、他の人がどんどん紹介して次から次へと広がって行きますし、つまらなければ誰も気にかけずに流れて行きます。

結局はアテンション

ブログかTwitterかという話って結局はアテンションの問題だと思います。 マーケティング的な思想としては、人のアテンションをどうやって確保するかの「場」が変わってきているのではないでしょうか?

そして、ブログであったり、RSSであったり、ソーシャルブックマークであったり、Twitterであったり、新しい物が登場して普及して来ると、アテンションを目指した人々が登場して、色々と新しい対策が必要とされていくのだろうと思います。

とはいえ、そのアテンションも国内全体のインターネットユーザから見ればマスではなさそうです。 今後は絶対的なマスが切り崩されて行って、無数の仕組みが乱立して、それぞれにそれぞれのコミュニティが分散しているような感じに移行しているような気がします。

でも、マーケティングも「腹」を見られる

しかし、Twitter上で何かの宣伝を行おうと思うと、「ちょっと腹を見せてみろやぁ!」という雰囲気の方々が登場します。

文章が短過ぎるので、意図が伝わりにくく、本当に好きで「これ面白い」と言っていても「本当は腹の奥に何か抱えてるんじゃないの?」と思われてしまうこともありそうです。 そこら辺にTwitterのマーケティング活用の難しさがありそうな気がします。

最後に

腹が見えるのがTwitterということであれば、Twitterの次に出て来る新しいWebプラットフォームは腹芸が観測できる媒体ですかね。。。 って違いますね。失礼しました。。。

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