ネットにおける匿名の誹謗中傷を減らすには

   このエントリをはてなブックマークに登録    2009/10/7-1

私はネットでの実名活動推進派です。 実名で活動することでメリットを受ける人は、活発に名前を出すべきだと思いますし、個人の活動が今よりも行いやすい雰囲気が社会に出れば嬉しいと感じています。

しかし、私は匿名活動がネット上から無くなるべきだとは思っていません。 実名ではなく、ハンドル名や芸名での活動も、実名と同等か、もしくはそれ以上の効果があると考えています。

多くの場合「実名推進」と言えば「誹謗中傷対策」という視点で語られますが、私はネットでの実名活動普及が匿名での誹謗中傷を減らすとは考えていません。 ネット上では同時に複数の人格を操作する事が可能であり、実名で活動している人が同時に匿名でも活動ができるためです。

奇麗ごとを実名で発信し、誹謗中傷を匿名で行うという「使い分け」は誰でも容易に実現可能です。 匿名で書いた誹謗中傷的な発言を「こんなこと言っている人がいますね」と他人事のように紹介して、「広める役割」を実名側で行うという事も技術的には可能ですし、それを行っていると公言している人もいます。 さらに、実名での露出を前提とした活動を通して得たノウハウを匿名での誹謗中傷に活用する人が増えると、誹謗中傷の巧妙さも上昇してしまう可能性があります。

匿名での誹謗中傷を減らすという目的のために、実名情報発信を推奨する運動が行われる事がありますが、そのような状況でそれを行っても、当初の目的は達成出来ないのではないでしょうか? 「誹謗中傷を減らす」という目的に対する回答は「実名発言」だけなのでしょうか?

私には、手段が目的化しているような気がしてなりません。

トレーサビリティの話ですか?

無断リンク禁止と同じような雰囲気で、毎年のように繰り返されている実名匿名議論ですが、今回の話題の発端は「ネット上でも実名で表現を:勝間和代のクロストーク」周辺です。

そこには、以下のような説明文があります。

しかし、ネットがメディアとしての信頼性を高め、既存のメディアと肩を並べる存在になるには、表現者が自分の名前を開示し、責任の所在を明らかにすることが不可欠だと私は考えています。匿名コミュニケーションのままでは、いつまでもネットは周辺メディアの位置にとどまるでしょう。

恐らく、これはトレーサビリティの話だと思われます。 「責任の所在」と言っているので、何かがあったときに責任を取らせる相手をトレース出来るかどうかが問題という事だと思います。

現状でもトレーサビリティはあります。 裁判所が開示を命令すれば、発言が行われたWebサービス上からIPアドレスなどの情報を取得できます。 さらに、そのIPアドレスを基にISPに対して個人情報開示を請求すれば、発言を行った個人を特定できる場合があります。

「匿名掲示板」と呼ばれている2chですが、2ch上で脅迫行為を行って逮捕される人のニュースが報道されるのは、2chにトレーサビリティがあるからではないでしょうか? 多くの場合、本当は「完全な匿名」ではありません。 場合によっては裁判所などの命令を経由しなくても、特定個人に関する情報を知れてしまう場合もあります。

匿名発言において現状で存在していないのは、トレーサビリティそのものではなく、コストゼロでのトレーサビリティということではないでしょうか? 全く労力をかけずに検索エンジンだけを使って、特定の発言者を特定することが出来ないので不便であるので「実名で発言しろ」と言っているようにも思えます。

このトレーサビリティを極限まで発展させると、ネット検閲や言論統制に利用されやすくなるという副作用があります。 最初は誹謗中傷対策として箱物を作ろうとしていたつもりが、蓋を開けてみたら強烈な言論統制システムが出来上がるというオチが来ない事を願ってやみません。

リンカビリティの話ですか?

クロストークでは以下のような文章も掲載されています。

クロストークも開始以来1年間、実名主義を貫いてきましたが、活発で的を射た討論が続いています。さらに、実名であることにより、複数のトピックにわたって投稿くださっている方の考えを追うこともできます。今のところ、問題は生じていません。

と書かれていますが、これは「実名であるから」ではなく、同じ「名前」または「文字列」として実名を使っているからではないでしょうか? 「Anon Terminology Paper」では、匿名性が観測不能性(Unobservability)、仮名性(Pseudonymity)、リンク不能性(Unlinkability)の3つの定義によって解説されています。 そのうち、複数の点在する情報を繋ぎ合わせる事が出来ないことを「リンク不能性」と言います。

しかし、クロストークにおける問題意識では、リンカビリティが存在している状態を望んでいます。 継続的に利用されるハンドル名や芸名は、まさにそのような機能を持ちます。

リンカビリティが必要という話において、実名での発信は手段の一つであり、唯一の手段ではありません。 さらに、実名の方がハンドル名や芸名よりもリンカビリティが低い場合もあります。 芸能人の本名を聞いても誰だかわからないという人も多いのではないでしょうか? また、同姓同名の人々が複数箇所に対してコメントを書いていた可能性を考えると、実名であっても名字や名前に特徴があるかどうかでリンカビリティが変わります。

こう考えると、リンカビリティを求めているのであれば実名だけが回答ではなく、むしろハンドル名や芸名を排除することで事態が悪化する可能性すらあることがわかります。

「実名」も「匿名」の一つのレベルでしかない

ネット上の議論において「実名」が「匿名」と正面から対立する概念であるように語られていますが、色々考えているうちに、実は「実名」は「匿名」の一レベル(段階)に過ぎないのではないかと考えるようになりました。

まず、「田中太郎さん」のような実名は匿名性が高いのではないでしょうか? また、有名人ではない「鈴木一朗さん」はプロ野球選手と名前が被っていることもあり、検索エンジンにおける言動のリンカビリティが低くなる傾向があるのではないでしょうか。

有名人における実名と、特に何かを今までに発信していなかった人の実名では実名の持つ匿名性が全く異なります。 また、本名がバレていない芸能人の実名は匿名性が高いと言えそうです。

ネット上で「実名」を出している人であっても、さらなる自己開示レベルは異なります。 実名を出していていも顔写真等を一切出していないと、現実世界ですれ違っても誰もわかりません。 住所や電話番号に関しても現実世界の当事者へのリンク要素です。

結局、騒がれているネット上の「実名」は、全く誰であるか特定不能な「完全な匿名」と「物理的に特定可能で匿名性がゼロ」という直線上に存在する要素の一つでしかないような気がしてきました。 そして、多くの場合求められているのは「単に実名がわかること」では無いと思うんですよね。

ネットメディアを目指す人???

クロストークでは、問題意識として「ネットがメディアとしての信頼性を高め」ることが挙げられています。

ネットがメディアとしての信頼性を高め、既存のメディアと肩を並べる存在になるには、表現者が自分の名前を開示し、責任の所在を明らかにすることが不可欠だと私は考えています。

とありますが、「ネットがメディアとしての信頼性を高め」る事に対して意欲的で、そのような方向性でネットを成長させたいの人は、問題となるような炎上や誹謗中傷の主役なのでしょうか?

例えば、ネットをライトな趣味で使っていたり、暇つぶしだったり、憂さ晴らしだったり、テレビに独り言を言うつもりで呟いていたり、というユーザが誹謗中傷を行っているのではないでしょうか? (あまりにステレオタイプ過ぎるかも知れませんが。。。) 語りかける対象がマッチしていないような気がしてなりません。

さらに、以下のような文章もあります。

もちろん、ネット上のすべての表現について実名を開示する必要はありません。しかし、少なくとも人とのつながりを目的とした利用においては、できる限り実名を明らかにするのが好ましいと考えます。

「人とのつながりを目的とした利用においては」とありますが、人との繋がりを目的としつつ汚い言葉で罵倒を繰り返す人が多数派とはとても思えません。 誹謗中傷や罵倒を繰り返す人が、素晴らしい人脈を形成できるのでしょうか? 私には、ネット上における発言に対して責任を認識して欲しい方々は、積極的な人脈作りを目指していいるとは到底思えません。

クロストークにおけるターゲティングが、私にはどうもしっくり来ません。 語りかけている相手と、問題としている相手が全くマッチしていないのではないでしょうか?

安全圏の認識と責任追及

「実名で発言を!」という議論の中には「発言に責任をもってもらうため」という項目が良く出現します。 しかし、個人的には「発言に責任をもってもらう」には実名であるかどうかは、あまり重要ではないと考えています。 「行き過ぎた行為には代償が伴う」という認識があれば、実名を推進しなくても誹謗中傷は減るのではないでしょうか?

「安全圏」に関する認知は人間の行動に影響を与えると思われます。 ネットとは関係がありませんが、例えば日本とアメリカでの高速道路での挙動の違いが象徴的かも知れません。 日本の高速道路では、車幅を極端に狭めて前で走っている相手を煽る行為が日常的に行われています。 しかし、私はそのような行為をアメリカで見た事がありません。 個人的な推測ですが、アメリカでは変な事をして銃で撃たれる可能性や、下手に事故を誘発する行為をして懲罰的な賠償金を支払わされる可能性が「リスク」として認知されているのではないでしょうか? 逆に、日本では車を煽っても問題が発生しないと認知していたり、リスクは非常に少ないと認知しているドライバーがあのような行為をしているのではないでしょうか?

同様の事がネットに関しても言えそうだと個人的に感じています。 ネットユーザは馬鹿ではありません。 むしろ賢いです。 そのため、自分の「安全圏」を肌で感じる能力も高く、誹謗中傷を行うユーザは「安全だ」と感じている範囲内でカジュアルに誹謗中傷を行ってしまうのだと思います。

個人的には、ネット上の誹謗中傷が減るには、様々な「事件」や「事例」が発生して、「ネット上の発言にはそれなりの責任が伴う」という認知が広く行き渡る必要があると感じています。

例えば、ネットユーザの多くは匿名掲示板であっても、脅迫と受け取られる文言を書く事は自分自身の身を危険にさらすと知っています。 危険な発言の範囲が過去の様々な事件によって経験則として「測定」されています。 そのため、そのような書き込みをする人は、ほとんどいません。

参考: ITmedia「本当に逮捕されるか実験です」――2chでまた「小女子焼き殺す」予告

集団心理を制御するシステム設計

実名化を推進するよりも、集団心理を想定したWeb UIの設計を行った方が効果がありそうだと、個人的には考えています。

例えば、個人的には「割れ窓理論」はネット上にもあると感じています。 最初は何も発生していなくても、一つのコメントが書き込まれた途端に急に全体的に荒れ始める事は良くあります。 荒れたコメントは更なる荒れたコメントを呼び、それがエスカレートしていくと炎上へと発展するのではないでしょうか。

さらに、見えない多くのユーザが特定のユーザを煽って高揚させて、何か特殊な行動を取らせようとしやすい環境もあります。 これは、誰か一人に対して行われる時もありますが、集団が集団内で盛り上がって行ってしまい、行動に抑制が効かなくなる場合もありそうです。 最近、私は「ネット上の集団に煽られる形で高揚してしまって普段なら取らない行動を取ってしまった個人」が多く出現する可能性を怖く感じています。

ただ、これらは内容に応じて発生している面もあります。 炎上のような事態は、UIだけで対処出来るような性格のものではありませんが、心理的に炎上やユーザの高揚を発生させやすいUIというのもあるのではないでしょうか?

Webサービスにおいて、どのようなUIがどのような作用をユーザに与えるのかに関する研究も必要ではないかと考えています。 自己呈示、集団心理、攻撃性、脱個人化作用、高揚感、孤独感などを考慮したUIに関する研究が進む事を望む今日この頃です。

匿名の誹謗中傷の方がまだ良いかも

匿名が無くなると誹謗中傷は無くなるのでしょうか? 私には、そうは思えません。 実名活動が推進されることで、むしろ、自信と誇りを持って、とんでもない誹謗中傷をするような人が増える可能性すらあると思われます。

私の個人的な感想としては、自身の実名を公開しながら誹謗中傷を正面から行って来る人は対応が非常に難しいというイメージがあります。 逆に、匿名で誹謗中傷をしてくる人の方が対応しやすい場合もあります。 「匿名である」という「安全圏」を拠り所としている人は、安全圏が脅かされかねない状況になると主張が軟化する事が多いです。

しかし、最初からノーガードで例えば住所電話番号までさらして誹謗中傷関係無しで、「オラ来いやぁ!」と攻め込んで来る人には、恐らく対処のしようがありません。 恐らく訴訟すらも「上等」となるのではないでしょうか?

実名にすれば本当に誹謗中傷は無くなりますか?

実名化と誹謗中傷に関しては、別の側面からの観測方法もあります。

「実名化すれば誹謗中傷が無くなる」と思うのであれば、mixi内を探索してみて下さい。 誹謗中傷が一切無い美しく清らかなインターネットがmixi内にありますか?

「身内しかいない」と認知していて、逆にストレート過ぎる表現が溢れているように見えるアカウントもあります。 これも「安全圏」に関する認知や誤認知の問題だと感じています。

誹謗中傷と議論の違い

明確なラインが存在せず、線引きが非常に難しい問題ではありますが、誹謗中傷と議論の境界線をどう引くかというのも問題です。

誹謗中傷は誹謗中傷ですが、議論は議論です。 意見が違う人が大量発生することを見て「ひどい誹謗中傷だ」と言っている人がいますが、それは意見の相違を受け入れられていない事が多いのではないでしょうか。

ネット上のコメントは、対立する意見を述べていたり、「ここが間違っている」と指摘しているだけなのに、受け手側が「ネットイナゴはひどい」「インターネットの闇の部分だ」「実名じゃないからこんなひどいことになるんだ」と言っている状況を目撃する事があります。

そのような意見の相違は法的に解決することも困難なので、反論するにも反論する先が見えずにイライラするという事もありそうです。

今後、インターネット上での情報発信が活発化すれば、今まで表面化しなかった様々な意見の相違がぶつかる事が増えると思われます。 これらは恐らく誹謗中傷ではなく「頭に血を登らせながらの強めの熱い議論」という事になると思うのですが、議題によっては相互の歩み寄りが期待出来ないと推測されます。 インターネットを使った活発な議論は年々増加していますし、もはや止められない流れだと感じています。 それには良い面がある一方で、恐らく悪い面もあります。 今後のインターネットは、実名だろうが匿名だろうが、互いの「正義」をぶつけ合った激しい議論が展開されることが増えるのではないでしょうか。

でもね。。。

ただ、ナンダカンダ言っても、実は今が過渡期であることが大きな原因の一つだと思う事があります。

CMC(Computer Mediated Communication)には、顔が見えないので表情やイントネーションなどの非言語コミュニケーション部分が欠落し、それによって自分の事を相手に話しやすくなるという自己開示促進という効果がある事を示す様々な研究があります。 同時に、自分を良く見せるために虚偽の情報を含めた自己呈示を行う傾向も指摘されています。

さらに、プラットフォームによってはリアルタイム性や、現実世界では交わる事がなかったコミュニティと出会ったり、もしくは意図せずに遭遇してしまうということもあります。

このようなCMCが、最近10数年の間に急激に社会に浸透したため、CMCの扱い方に関するコンセンサスが得られていないことが様々な問題を生んでいるのかも知れません。 また、CMCの特徴に翻弄されて本来の自分ではない行動を無意識のうちに取ってしまっている人が大量発生しているのかも知れません。

最後に

ここで色々書きましたが、ネット上の誹謗中傷を減らすための特効薬は存在しないと思われます。 「No Silver Bullet,銀の弾などない」という表現がIT業界では有名ですが、ネット上の誹謗中傷に対する対策も同様なのではないでしょうか?

あと、私も良くごっちゃにしてしまうのですが、多くの話題は「実名/ハンドル名/匿名」の3段階なのではなく「匿名性の要素が色々あるうちのどの部分までが特定可能か?」という話だと思います。 そのうちの戸籍や本籍やパスポートやその他何かに書かれている文字列にこだわり過ぎなのかも知れません。 それって要素のうちの一つでしかないと思うんですよ。

私は、実名で活動できるインセンティブが社会に増える事は歓迎しています。 しかし、ネットの実名化のみが誹謗中傷をネットから取り去るとは考えていない今日この頃です。

関連

おまけ

以下のような投稿をクロストークに行いましたが、見事にコメントが不採用になりました。 毎日新聞のサイト内で名前を記述するフィールドに「実名でお願いします」とあるのですが、「名前」の部分に「あきみち」と名字を含まない実名を書いたのが原因かも知れません。 一応、「あきみち」というのは平仮名での私の「名前」の実名です。 名字と名前の両方を平仮名で記述している方のコメントは採用されていたので、次に書くことがあれば名字を平仮名で付け加えたいと思います。

Twitter上で「不採用でした」と書いたところ、見たいというかたもいらしたので、ここで公開することにしました。

昨晩のクロストークイベントありがとうございました。 昨晩の #crosstalk を発端として実名匿名に関して様々な意見が事例紹介がTwitter上で行われていました。

それに関連して、以下のようなブログ記事を書きました。
「ネットで実名を出せない理由」
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2009/10/5/1
私は、実名を推進するには「実名であることのメリット」が得られやすい社会である必要があると思います。 多くの日本企業では実名で活動することのリスクが、得られるメリットを大きく上回っているのではないでしょうか?

私個人は実名によって活動し、ネット上での多くの出会いに日々大きなメリットを感じているのですが、そのために会社をやめてフリーになりました。 ネット上での活動を通して、様々な「匿名」の方々とオフ会などでお会いしましたが、相手が実名かどうかは、もはやほとんど関係無いと感じています。

匿名で誹謗中傷されても、多くの場合は自分の足跡を完全に消して証拠隠滅できるような技術を持っていないません。場合によっては裁判所命令経由でISPに問い合わせなくても身元を突き止められる場合もありますし、「相手が実名であること」にはさほど強いニーズは感じていません。

さらに、良い顔は実名で行い、誹謗中傷は匿名で行うという「使い分け」も可能なので、実名で活動する人が増えたとしても現状は変わらないと感じています。

ということで、私は自分自身は実名のメリットを感じていますが、他人に実名を推進するつもりはありません。

追記

2009年11月10日:アメリカのネットって本当に実名主義なの?

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コメント

とおりすがり
あきみちさんこんにちわ。
非常に興味ある内容でした。

>>私の個人的な感想としては、自身の実名を公開しながら誹謗中傷を正面から行って来る人は対応が非常に難しいというイメージがあります。
さしずめ、下の実例が参考になるのでしょう。
http://blog.infobuild.jp/e/?c=200906010000

自信を持って人を恐怖に陥れる人は、警察に逮捕される時も堂々と手錠を掛けられたまま連行されていくんでしょうね。常識が伝わらない人は本当に怖いです。
なるひこ
完全なちゃちゃです。

1.「誹謗」と「中傷」は別の概念です。「誹謗中傷」という言葉にすると2ちゃん方面で「そんな言葉ねーよバカ」と言われる隙をつくるので避けた方がよいかと。

2. 論拠を明らかにするために非常にポイントを抑えた力作のエントリだと思うのですが、それがために読み手に高いレベルを想定してしまっています。ぶっちゃけ一般紙の読者には理解できないレベルです。いかな勝間さんのコラムであっても、このエントリのレベルで議論されると辛いのではないかと思います。
もっと言ってしまえば、この議論を理解できる人はこの議論は不要で、匿名という文化をうまく使おう、という呼びかけをしたいならもっと議論のレベルを落とす必要が有るのではないかと感じました。
まあ、ここは「Geek なページ」なので Geek にネタ提供すれば十分という考えもありますが (^^)。

3.完全なちゃちゃですが、ハンドル「名」は一般に定着している言葉とはいえ誤用なので (「ハンドル」とは file handle などと同じ「なにかを指し示す物」の意味なので) あまり使ってほしくない言葉ではあります。

以上、枝葉であり失礼しました。
繰り替えしますが、論旨には大いに賛成であり、力作であると感服もしております。
これからもご活躍を期待しております。


あきみち

アカマイ 知られざるインターネットの巨人

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「インターネットのカタチ - もろさが織り成す粘り強い世界 -」関連資料

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