インターネット心理学のフロンティア

   このエントリをはてなブックマークに登録    2009/3/30-1

「インターネット心理学のフロンティア」という本を購入しました。 友人がこの本のうち1章分を執筆していて、twitterで発言していたのですが楽しそうなので購入して読みました。

この本を読んでみた結果ですが、私はここで「この本を是非購入すべきだ」や「是非読むべきだ」とは言えません。 むしろ、「多くの人は読んでもつまらないですよ。きっと。」ぐらいの勢いです。 というのは、専門家によって非常にしっかりと書かれていて全体が論文調になっているからです。 参考文献としての論文リストも非常に充実しています。 私はこの本を非常に面白いと思い、恐らく以後何度も読み返すと思いますが、恐らくこの本は一般ウケする本ではないでしょう。

以下、各章をざっと紹介します。 個人的には2章と5章に非常に関心を持ちました。 1章はCMC(Computer Mediated Communication)やインターネット心理学の研究史に関する全体的な説明でした。

2章 インターネット利用と精神的健康

この章は、コミュニケーションを促進するはずのインターネットが逆にコミュニケーションや精神状態を損なうという矛盾が存在すると1998年に発表された「インターネットパラドクス」に関してと、その後のフォローアップ研究を紹介しています。

最終的には、以下のようにまとめられています。

インターネット利用は個人の精神状的健康を悪化させる場合もあれば向上させる場合もあり、まったく影響がみられない場合もある。このように全体の結果は一貫しておらず、現時点では、インターネットを利用することで精神状態が悪化すると強く主張できるような状況にはなっていない。これは、大人を対象とした研究でも、子どもを対象とした研究でも同様のことがいえる。

しかし、その後に続く文章が非常に気になりました。

ただし、これまでに行われた研究結果のなかで、インターネット利用が精神的健康の悪化を引き起こしたものを詳細に検討していくと、ある程度共通した傾向がみえてくる。 第1の傾向は、インターネット利用が精神的健康に及ぼす影響は、利用方法によって異なっており、特にコミュニケーション関連の利用を行ったときに精神的健康(うつ状態)が悪化するというものである。

このような傾向がみられた原因や、そのプロセスなどはまだ曖昧な部分が多く今後の研究が必要であると書いてありましたが、現状ではそのような傾向があるようだと推測されているのかも知れませんね。

さらに、もう一つの傾向として以下のようなものが紹介されていました。

第2の傾向としては、インターネット利用と精神的健康の関係が、利用者の個人差によって影響されるということが挙げられる。 この利用者の個人差としては、「社会的リソース」に注目した研究が多く、「社会的リソースに恵まれている個人」と、「恵まれていない個人」ではどちらがインターネット利用によって利益を受けるかという問題をめぐって現在も議論が続いている。

当たり前と言われれば当たり前ですが、「インターネットが一様に悪い」のではなく、悪い事例もあれば良い事例もあるという事なんだろうと思います。 問題は、「どのような使い方をすると精神的健康に対して問題が発生するか」や、「どのような使い方をすると精神的健康を悪化させる可能性が高いか」などに関してなのかも知れません。

3章 インターネットにおける自己呈示・自己開示

この章は以下のような文章から始まります。

普通ならば照れくさくて口にできないような言葉も、メールでなら素直に表現できた、という経験が読者にも一度ならずともあるのではないだろうか。 あるいや、自分の過ちを相手に謝罪しなければならない場合に、「メールで済ませられたら楽なのに。。。」と感じたことはないだろうか。

この章では、インターネットの登場によって「文字メディア」によるコミュニケーションが台頭してきた事を述べつつ、それによって表現に対する敷居がどう変化したかを論じています。

最初に紹介されているのが自己開示に関してです。 自分自身の事を他者に話すことを示す自己開示は、CMCによって促進させるという研究がいくつかの研究によって明らかにされているそうです。 自己開示が促進される理由としては、利用出来る非言語的手がかりが少ないため、私的自己意識が高まったり、評価観念が低下したりすることが挙げられているようです。

次に紹介されているのが自己呈示ですが、これは以下のように解説されています。

自己開示は自己の情報をありのままに述べる行為やその言語的内容だけを示すのに対し、自己呈示は自己に関する情報をありのままではなく意図的に調整して話す行為全体やその内容を大きく捉えた概念であるため、非言語的行動も含まれている。

自己呈示に関しては受け手の心理等を含めて紹介されています。 個人的に「あるなぁ」と思ったのが以下のような例です。

CMCでは「非言語的な手がかりが相手に伝わりにくい=相手を判断するための手がかりが得られにくい」ことから、伝わってきた数少ない手がかりを過度に重視して相手を捉えがちになる(例:魅力的な女性と出会いたいと思ってチャットをしている人は、たまたま知り合った女性がすこし親切な行動を取ると、その人はとても親切ないい人であると極端に思い込み、素晴らしい人であると感じる)。

さらに、人々が通信方式と自己呈示に関して無意識のうちに戦略的な選択を行っているということを示した研究なども紹介されています。 全体としては、CMCによって人は相手に対して好意を抱きやすくなり、相手に言いにくいことを伝え易くなるというメリットが紹介されていました。

4章 CMCと対人過程

この章のまとめには以下のように記述されています。

CMCにおいても、接触頻度が対人魅力に対して非常に大きな効果をもつことを示した。 この接触の効果は、一回一回のコミュニケーションでは統計的に検出できないほど弱いが、何週間もの積み重ねを通じて人間関係を大きく決定するほど大きくなる。

この接触頻度は、インターネットでは、同じ社会的属性や趣味、関心をもっているかどうかによって定められるだろう。これらの要因は人びとの間の社会的距離の制約を受けづらいインターネットにおいても、人びとをお互いに近づけたり、または遠ざけたりする役目を果たすことだろう。

twitterなどによって細かいコミュニケーションを積み重ねる事と、相手に好意を抱くようになることに関連しそうなことが色々書いてあると思った章です。

5章 CMCと対人関係

この章ではひたすら「孤独感」に関して論じています。 「孤独」とは何か? インターネットによって孤独感は軽減されるのか? それともインターネット中毒状態になることによってリアルでの孤独感が加速してしまうことがあるのかなどです。

非言語的なコミュニケーションが減るCMCでは対人不安の影響が緩和されるという研究や、逆に非言語的コミュニケーションが少ないために親密度が深まらないという研究などが紹介されています。

最終的には以下のようにまとめています。

CMCでの対人経験が社会生活に与える影響は、それがポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ、もはや決して無視できないものとなっている。 こうした現実を見据えたうえで、孤独感を解消するための処方箋としてCMCを有効に活用するためには、CMCを取り巻く時代的・社会的な背景を考慮に入れつつ、個人の心理的な要因、個人を取り巻く社会環境の要因、そしてCMC場面に特有の要因をきちんと整理し、総合的な観点から研究を進めることが必要となるだろう。

個人的には、この章で述べられている内容は非常に重要な話だと思いました。

6章 ブログ・ブロガー・ブロゴスフィア

ブログやブロガーやブロゴスフィアについての話です。 何故ブログを書くのかや、分類方法、情報の伝播モデルなどが論じられています。 hatenaでのアンケートを行った結果を論じた論文なども紹介されています。

個人的にもいくつかブログ関連論文を読んだ事がありますが、読者反応理論的な「何でもアリ」系の論文以外にブログ論文で自分の気持ちにしっくり来た論文を読んでいない気がします。 この章で紹介されている研究もどこか何となく遠い世界の話が書いてあるような気がしてしまいました。

何故、そう思うのかは非常に不思議です。 何でですかね。。。 非常に不思議です。

7章 知的共有コミュニケーション

CGM(Consumer Generated Media)やWeb2.0などのおなじみの話題と同時に、匿名性などに関する議論が書かれている章です。 この章が、この本の中で一番読み物としては読み易い文体や表現で書かれていたかも知れません。 何故そう感じたのかは、良くわかりませんが単純に内容がおなじみだったからかも知れません。

この章でおもしろいと思ったのが「匿名性」の中での「リンク可能性」に関しての解説などでした。 特定のハンドル名を名乗って書いていて、一連の発言が同一人物であると「リンク可能」であるという話です。 言われれば非常に当たり前なんですが、確かに「匿名」の中にもレベル分けがあり、それらに関して論文という形(もしくはその他の形)で定義されていて論じられているのは大事ですね。

情報源と信用という話題も、この章で扱っています。

8章 地域社会とインターネット

インターネットによって地域社会が衰退するのか、それとも促進されるのかという議論を紹介しています。 社会関係資本の減衰の犯人としては、今まではテレビが容疑者だったのが、今後はインターネットになるのではないかなどの話もありました。 テレビに関しては、以下のような過程で社会参加を減少させると論じられているようです。

  • 限られた時間のなかでテレビ視聴と社会参加が競合する
  • テレビ視聴には、社会参加を抑制する心理的影響がある
  • 特定のテレビ番組内容が、社会参加に対する動機づけを弱める

ただ、この理論には様々な反論が既に存在するようです。

「インターネット悪玉説」に関しては賛否両論が記述されていましたが、この章でも2章で紹介された「インターネット・パラドクス」が言及されていました。 章の後半では、事例を紹介しながら地域コミュニティへのプラス効果が論じられていました。 地域への関心を高める事で間接的に地域コミュニティの活性化を実現出来ていそうである点などが言及されています。 また、地域情報コミュニティへの情報投稿という形での「地域参加」も述べられていました。

9章 文化とインターネット

主に韓国でのインターネット利用を紹介しています。 この章の最後では以下のような表現がまとめ文に書かれています。

韓国のオンラインコミュニティ文化は、まったく知らない人間関係から生じる新たなコミュニティというより、現実世界の帰属集団を基点とし、そこから形成される実世界の人間関係の拡張として存在する。 縁故主義の観点からオンラインコミュニティを評価するのであれば、オンラインコミュニティは実生活においても有効な役割をはたしている同窓会という共同体をより強化する傾向が見られた。

国によってインターネットの利用方法も結構違って来て、自分の知っているネット利用だけが世界的なネット利用ではないと思い知らされる内容でした。

最後に

インターネットと心理学という分野において、様々な研究課題や現状に関して恐ろしく深さがありつつ、ある程度の広さがカバーされている非常に良い書籍だと感じました。 雰囲気としては、大学の教科書として採用されそうな感じの雰囲気があります。

恐らく、私はこの本を読む事によって知った論文をいくつか読みそうです。 また何度かこの本を読み返しながら色々と考えるような気がします。 ただ、多くの人にとっては「教科書的過ぎるために面白くない」本だろうと思います (しかし、「おもしろさ」を求めるべき本ではないので、書籍としてはこれで正しいのだろうとも思います。「おもしろさ」を求めるのであれば多少分野が違いますが「ヤバい経済学」や「まぐれ」あたりがお勧めです。)。

この本の「つまらなさ」を見ると、このような分野に興味がある方々がブログのネタ用に読んで紹介していくというのが、ありそうな情報伝播方法な気がします。 自分を含めて、ブログ上の意見の多くは「私はこう思う」という「オレオレ感覚」を基盤としている事が多い感想を持ちます。 そのような「感想」ベースの議論では、最終的には水掛け論に落ちてしまいがちです。 そうではなく、「○○という研究においては、このような結果が出ている、そのため私はこう考える」と言えた方が説得力が増します。

また、単なるブログ上での意見だけではなく、ネット規制等の議題においてもこのようなインターネット心理学の分野は非常に重要になるのではないかと感じました。 何かの事件などが発生したり、誰かが何かの法案を提出しようとしたときに、単なるネットユーザの「感覚」だけではなく背骨としての公の研究結果を前面に出したものが多くの人によって語られるようになれば強いのかも知れないと思った今日この頃です。


三浦 麻子 (編集), 森尾 博昭 (編集), 川浦 康至 (編集) ,304ページ, 誠信書房 (2009/02)

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