薄れていく「誰が言ったか」よりも「何を言ったか」理論

   このエントリをはてなブックマークに登録    2009/4/2-2

ブログ界やネットでは非常に有名な表現に「誰がよりも何を」という話があります。 「肩書きよりも発言内容」は、匿名性やハンドル名などの議論で登場することが多い主張です。 私も当初はそうであると信じていたのですが、最近は多少懐疑的な面があります。 というよりも、ネットの普及とネットサービス整備とともにそのような傾向は薄れて行っているのだろうと考えています。

「誰が言ったのか」理論

「誰が言ったのが」が重要になるとの話は1991年に出版された「Connections: New Ways of of Working int Networked Organization」にて紹介されていたそうです。 「インターネット心理学のフロンティア p.94」には以下のように記述されています。

日常生活における会話で大きな影響力をもつ社会的地位や肩書きなどのいわば周辺的な情報がCMCでは脇へと追いやられ、話題の内容そのものへの注目度が高まることから、手がかり濾過アプローチに代表される初期のCMC研究では、CMCを「偉大な平等化の道具」としてとらえる風潮が多く見られた。 すなわち、「誰が」言っているのか、ではなく、「何を」言っているのかによって、その発言の評価が定まるようになれば、CMCの普及と一般化は、より平等で自由な社会をもたらすという期待がもたれていたからである。

日本国内での著書ではジャーナリストの佐々木俊尚氏による「フラット革命」にて、同様に「何が」が重要になるという話が解説されています。

発言個々の重要度や内容が非常に重要であり、誰が言ったかはあまり重要ではなくなるという主張です。 しかし、このような状態が発生するには特定の状況が重なる必要があると、私は考えています。 「インターネットだから発言の内容や質が全て」という一般的な話では無いのではないかと言う考えです。

「誰が言ったか」が意味を持つ事例

「何を言ったか」が重要理論は非常に支持されている理論ではありますが、最近は「誰が言ったか」というのが重視されることも非常に増えて来ていると感じています。 この「誰」というのは実名の場合もありますし、ハンドル名などの場合もあります。 いや、むしろハンドル名やネット上での通名による「誰」の方が多いのかも知れません。

この「誰が言ったのか」に関して代表的なのは、ブログやtwitterやmixiなどではないでしょうか。 さらに、はてなブックマークなどのソーシャルブックマークサービスや、Diggなどのソーシャルニュースサイト(?)におけるアカウントも同様だと思われます。 これらは、一意性のある特定アカウントで継続的に情報発信や情報開示を続けられるシステムやサービスです。

例えば、「○○がブログで××と言ったから意味がある」とか、「○○がブックマークしたから意味がある」とか、「○○が××とコメントしたから盛り上がった」などの事例は非常に身近なのではないでしょうか?

このように、「誰が言ったかが重要」という事例はネット上で増えて行っていると感じています。

ネット上の「有名人」

「誰が言ったか」に関しては「有名人」であるかないかという要素が関連しそうです。

では、「有名人」とは何でしょうか? 芸能人などの「有名人」は普通に有名人ですが、ネット上では「○○界隈の有名人」という概念があります。 個人的には、ネット上における「○○界隈の有名人」という概念に非常に興味を持っています。 有名人が有名人とされる要因とは何でしょうか?

私は、ネット上の有名人とは「露出回数」もしくは「露出頻度」だと最近感じています。 この「露出」はブログである必要はありません。 例えば、ソーシャルブックマークでの露出という露出もあり得ますし、様々な相手とtwitter上で会話をしている人でもいいです。

コミュニケーションの積み重ねの効果に関しては「インターネット心理学のフロンティア p.99」にて以下のように記述してあります。

相手から受け取る自己開示の量は、その場の印象にはまったく影響を与えなかったが、数週間のコミュニケーションを通じてその効果を測定すると、非常に大きな正の効果を持っていた。 また、森尾(2007)においても同様に、単独のコミュニケーションの結果生じる同調の大きさが小さかったとしても、その累積により最終的に集団に生じる変化は、個人に生じる変化よりとは釣り合わないほど大きい場合があることが示されている。

上記文章の後半は、どちらかというと集団や社会に与える影響ではありますが、小さな積み重ねが最終的には大きな印象を作って行くという話なのではないかと思われます。 同様に、特定の人が様々な場所で長期間にわたって露出を続ければ、その人は「有名人」になっていくのだろうと感じました。

ただし、ある人が「ネットでの有名人」であるか無いかに関して決定するのは、相手を有名人であるか無いかを判断する各個人です。 その個人の観測範囲で「良く見る人」「露出頻度が高い人」は、その個人の心の中で「有名人」と定義されます。 そのため、ネット上で「誰が有名人であるか」という質問は、回答者によって全然異なるのだろうと思います。

「何を言ったか」が意味を持つ事例

しばしばインターネットの特徴とされる「何を言ったか」理論ですが、それはインターネット上に存在する個々のコミュニケーションシステム設計によって変わってくるのだろうと思われます。

「何を言ったか」が重要になるようなネットサービスとしては、例えば、以下のようなものがありそうです。

  • 2ch
  • はてな匿名ダイアリー(通称増田)
  • ブログなどのコメント欄

これらは、私が独断と偏見で「誰が」よりも「何を」の方が重要と感じているものです。 共通点としては、誰が書いているかを第三者が特定するのが容易ではないという点が挙げられます。 さらに、例えば2chなどでは皆が同じ口調を意図的に使ったりするので各個人の個性が余計薄くなります。

これらの匿名性が高いサイトでは、脱個人化作用が発生しているのかも知れません。 そして、誰が書いているかお互いに全くわからなくなり、個人のアイデンティティが「集団」へと譲渡されるという現象が発生してそうです。

「インターネット心理学のフロンティア p.94」に以下のような記述されています。

社会的アイデンティティ理論では、ある状況におかれた自分のアイデンティティを、自分と自分の属する集団と社会の関係性の中でどのように位置づけるかが鍵となる。 群衆行動における脱個人化効果は、人びとのアイデンティティを失わせるのではなく、アイデンティティを個から集団へと変化させる働きをもつ。 その結果、個人が行動のよりどころとする規範も、個人の規範からその場で支配的な規範へと変わることにより、抑制のきかない反社会的な行動や暴力が生まれることになる。

ネット上では「場の空気」として表現されることが多いのですが、その「空気」という概念が出来上がる過程と匿名性は関連がありそうな雰囲気を感じました。

そして、脱個人化作用が発生しやすいような場所にでは、匿名による特定の「発言」が個人ではなく「場」という「集団」の意見として採用されることによって、「何を言ったか」が重要となる状況が出来上がるのではないかと感じました。

「誰」と認知されるかどうか

特定の注目された内容に対して、注目された理由を断定することそのものが難しいという問題もあります。 そもそも、その発言が「誰が言ったか」という視点で注目されているのか、「何を言ったか」という視点で注目されたのかがわからない場合があります。

脱個性化がシステム的に構築されていて各発言者が匿名になっているシステムでは「何を言ったか」ですが、例えばブログなどの「個性」が強調される媒体では「何」か「誰」のどちらなのかは曖昧になりがちです。 ブログなどのアイデンティティの足がかりとなるような物がある媒体では、ある特定の発言や文章が注目されたときに、その文章を注目した人々がそれぞれ「○○が言ったから注目した」のか、「内容で注目した」のか、「皆が注目してるから注目した」のかは解りません。 恐らく各自注目した理由は違うのでしょう。

そして、各自の注目理由が異なるため、注目されたことに対する「単一の理由」というものを断定できなくなるのだろうと思われます。

最後に

ということで、ネット上では「誰が言ったか」よりも「何を言ったか」が意味を持つというのは、全てにおいて真となる話では無いと思われます。 もちろん、そのような環境がシステム的に出来上がっている「場」も存在します。 しかし、全体の数からすると、それは限定された環境なのだろうと最近は思うようになりました。

ネットがリアルに近づいたり、ネットでの活動が当たり前になればなるほど「誰が言ったか」に対する重み付けは増して行くのだろうとも思います。 そして、最近はネット上でのプロフィールを管理するような新しいサービスが続々と登場しています。 これらの「ネット上での誰」を可視化するサービスの登場と普及は、ネットに置ける「言論」や「発言」のフラットさを急激に衰退させていくのかも知れません。

要は、ネットがリアルに凄い勢いで近づいているということかなぁと思う今日この頃です。

参考文献

  • インターネット心理学のフロンティア , 三浦 麻子 (編集), 森尾 博昭 (編集), 川浦 康至 (編集) ,304ページ, 誠信書房 (2009/02)
  • Connections: New Ways of Working in the Networked Organization , Lee Sproull (著), Sara Kiesler (著)
  • フラット革命, 佐々木 俊尚 (著)
  • 森尾博昭(2007), ダイナミック社会的インパクト理論の予測する態度の自己組織化の実証:コンピュータ・コミュニュケーションを用いた実験的研究, 実験社会心理学研究所, 47. 1-12
  • Morio.H, Buchholz.C, (2009), How anonymous are you online ? Examining online social behaviors from a cross-cultural perspective. Journal of AI & Society.23, 297-307
  • Morio.H, Latane.B, Richardson.D, (2004), Interpersonal attraction from electronic self-disclosure: Cumulative effect of CMC. Proceedings of the 3rd workshop on Social Intelligence Design, pp.101-109

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