「著作権侵害サイト遮断 政府が導入検討、海外経由に対応」に関して

2015/7/13-1

日本経済新聞に、以下のような記事が掲載されています。

政府はインターネット上に氾濫する著作権侵害サイトへの接続を強制的に遮断できる仕組みを検討する。内閣官房の知的財産戦略本部(本部長・安倍晋三首相)に今夏にも有識者会議を新設。通信事業者や大学の専門家と連携して2016年3月にも決める。取り締まりが難しい海外サーバーを使った侵害サイトに対応できるようにする。

2010年頃の議論を振り返る

「取り締まりが難しい海外サーバーを使った侵害サイトに対応できるようにする」とありますが、恐らく、DNSブロッキングに関する議論も含まれていると推測しています。

日本では、児童ポルノを対象としたDNSブロッキングが2011年から開始しています(参考)。民間の通信事業者が各自の自主的な判断でDNSブロッキングを行っているという体裁であるため、ここで議題となる「通信の秘密」は、電気通信事業法に違反する違法行為であるかどうかになります。憲法にある「通信の秘密」ではなく、電気通信事業法にある「通信の秘密」が対象となる議論になっているという点に注意が必要です(憲法ではなく法律の範囲内にするために、省庁からの「要請」と「民間の自主的判断」という体裁になってるのでしょうが)。

2010年頃に、一部界隈で非常に大きな話題となったDNSブロッキングですが、以下のような解釈になっています。

  • ウェブサイトの閲覧においては、閲覧のためのアクセスに係るホスト名、IPアドレスないしURLは、いずれも通信の内容ないし通信の構成要素として通信の秘密の保護の対象となる。 そして、ブロッキングは、アクセスの途中、すなわち電気通信事業者の取扱中にかかる通信について、ISPにおいて、一定のサイトへのアクセスに係るホスト名、IPアドレスないしURLを検知・遮断する行為であるから、当該サイトへのアクセスを要求している通信当事者の意思に反して通信の秘密の構成要素等を「知得」し、かつ、利用すなわち「窃用」するものであり、通信の秘密の侵害となる。
  • 通信当事者の同意を得ることなく通信の秘密を侵した場合、原則として電気通信事業法に違反するものとして、違法性が認められる
  • しかし、正当防衛(刑法第36条)・緊急避難(刑法第37条)に当たる場合や正当行為(刑法第35条)に当たる場合など違法性阻却事由がある場合には、例外的に通信の秘密を侵すことが許容されることになる
  • ブロッキングについては、電気通信役務の提供にとって必ずしも正当・必要なものではなく、電気通信事業者の事業の維持・継続に必要ないし有用な利益をもたらすものとも言い難いことから、正当業務行為とみることは困難と考えられる
  • 「防衛」行為は、侵害者に向けられた反撃でなければならないところ、児童ポルノサイトへのアクセスをブロッキングする場合、侵害者は基本的に児童ポルノ画像をアップロードした者と考えられるが、反撃に相当する行為は個々のユーザのアクセスの検知・遮断であって少なくとも直接アップロードした者に向けられたものではないから、防衛行為とは言い難い。侵害行為を個々のユーザのアクセスと捉えれば防衛行為といい得るが、その場合、常にアクセスという侵害行為があるわけではない以上、常時監視することを侵害の急迫性との関係で整理することは困難である。よって、児童ポルノサイトのブロッキングの問題については、正当防衛により違法性が阻却されると解することは困難である
  • 児童ポルノは、児童からの性的搾取ないし性的虐待というべきものであり、児童の時点ではもちろん成人した後になっても、心身及び社会生活に重大かつ深刻な被害をもたらすものであって、生命又は身体に対する重大な危険の回避に比すべき重大な法益侵害であり、しかもそのことは、児童ポルノ法の存在が示すとおり、社会共通の認識となっている。その意味で、ウェブ上を流通する多様な違法有害情報の中でも別格というべき類型ということができ、検挙や削除が著しく困難である場合に、より侵害性の少ない手法・運用で、著しく児童の権利等を侵害する内容のものについて実施する限り、児童ポルノのブロッキングにつき、緊急避難として、現行法のもとでも許容される余地はあると考える。

ポイントとしては、通信事業者がDNSブロッキングを行うことは「通信の秘密」を侵害する違法行為であるが、違法性阻却事由に該当する場合には、例外的に行うことが許されるという解釈になっている点です。そのうえで、児童ポルノを遮断するにあたって違法性阻却事由となる得るのが、児童に対する重大な危機を回避するための「緊急避難」としています。

日本におけるDNSブロッキングまわりの詳しい話に関しては、2010年に書いた記事をご覧ください。

2010年段階で否定されている著作権侵害行為へのDNSブロッキング利用

児童ポルノに対するDNSブロッキングが検討されていた2010年段階での議論では、著作権侵害行為に対するDNSブロッキングの利用は明確に否定されています。2010年に「安心ネットづくり促進協議会」が公開した最終報告書には、以下のようにあります。

仮にわが国において児童ポルノのブロッキングが実施されるとしても、その範囲がなし崩し的に広がってはならないことは当然である。一般的な違法情報、著作権侵害コンテンツ等にしても、被害児童に自己の画像が流通すること自体に怯えることを余儀なくさせるような児童ポルノとは根本的に異なるものであって、ブロッキングの対象とすることは許されない。

DNSブロッキングの議論は、DNSでの実施を対象とした議論でしたが、法的問題の検討はDNSに限らず、電気通信事業法における通信の秘密を侵害する行為を行ったとしても、その違法性を阻却する事由に該当するかどうかという解釈論でした。そのため、法的問題の検討という意味では、DNSブロッキング以外の手法での通信遮断も同様の解釈になるものと推測されます。

日経の記事では、欧州での裁判に関して言及されていますが、たとえば、2011年にイギリスの裁判所が著作権侵害行為を取り締まるために児童ポルノブロッキング用の仕組みを活用することを命令しており、通信事業者側も、その命令を歓迎しています。(参考

最後に

2010年の議論は、あくまで2010年段階における電気通信事業法の「通信の秘密」を前提とした議論です。その議論の土台となる電気通信事業法が改正されるようなことがあれば、当時の議論とは、また違った話になるものと推測しています。

憲法にある「通信の秘密」と電気通信事業法の「通信の秘密」は別の話であり、政府や省庁からの「要請」に対して民間の通信事業者が各自で判断して行動をするのであれば電気通信事業法の範囲内になるというのが現在の運用になっていると言えます。つい最近(2015年5月15日)、電気通信事業法が改正され、「ドメイン名電気通信役務」が電気通信事業法に追加されましたが、著作権侵害行為を取り締まりやすくするために電気通信事業法をさらに改定することが今後検討されたりしそうだと思ってしまった今日この頃です。

5月の電気通信事業法改正に関しては、以下をご覧ください。

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