なぜ、違法ダウンロードによる逮捕者が出ないのか?

2013/10/7-1

NHKによる「刑事罰適用1年 売り上げ回復せず」というニュースが話題です。 その中で、「警察が摘発した例はまだありませんが」とある点が気になったので調べていたら、2012年に松田政行先生が書かれた「違法ダウンロードに対する刑事罰の導入に関する著作権法の視点」の存在を知りました。

この文書は、違法ダウンロード刑事罰化が施行される前に発表されたものですが、違法ダウンロードに対する罰則規定追加に対して、著作権法の視点での反対意見が述べられています。 その中で幇助者に対する刑事事案に関して、同文書5ページに以下のような記述があります。

ア 民事的請求から刑事罰への立法事実

民事的請求を許容する2009 年改正において、肯定された権利行使は、この3年間一切なかった。違法ダウンロードは無数に存在したのであるが、これを幇助する、そして権利行使可能性が肯定される事案は1件もなかったということが証明されたのではなかろうか。
前述2、(3)のとおり、2009 年の民事違法化の立法(30条1項3号)は、幇助者に対するNOT○2権利行使の可能性が肯定されて導入されたのである。これによって民事の権利行使がなされて、なお刑事罰導入の必要性が肯定される場合に、この立法事実があるということになる。これまで民事の権利行使がないところで、刑事罰導入の立法事実はないというべきである。
また、犯罪の一般的予防は、立法だけによる犯罪抑止効果とは異なることを想起されたい。犯罪として罰せられることのない類型を立法することは、結局犯罪抑止効果がないことになり、刑事法制、刑事司法に対する高い信頼を喪失させる結果となる。角を矯めて牛を殺すことになる。

恐らくポイントとしては、警察が刑事事件として扱うには権利者側が民事において十分な努力を行っていてそれでも防ぎ切れていないという前提が必要である一方で、2010年の改正著作権法施行後に違法ダウンロード行為を権利者が訴えた事例が1件も存在していないということだろうと思いました。

これらの文章の最後にある「角を矯めて牛を殺すことになる」という感想がなんとも刺激的です。

プロバイダ責任制限法と「受信者情報」

一方で、権利者が違法ダウンロードに対して民事訴訟を起こすことは考えられないという話は、4ページの前半に書いてあります。

そこでは、プロバイダ責任制限法の第四条に関しての言及がありますが、同法は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」であって、発信者情報開示の法律です。 そのため、発信者ではなく、受信者情報の開示に関しては記述されていない点がポイントであるとの感想を持ちました。

私的領域においてダウンロードをする者に対して、これを特定して差止め又は損害賠償の請求を提起することは、おおよそ考えられない。権利者は、プロバイダに対し受信者情報の開示請求権を有せず(発信者情報の開示請求権 プロバイダ責任制限法4 条)、これを特定することができない。たとえ特定し得るとしても個別的には差止め等が行なわれても権利を回復するという実態にないことは明らかである。権利者団体も青少年個人に対する訴訟等の提起を想定するものでないことを明言していた。導入に反対する意見の中核はここにあった。

これらを見る限り、警察が動くには権利者による民事訴訟が十分行われている必要があるのに、民事訴訟が行われそうにないということのようです。 今年4月に、違法ダウンロードを行ったと自首した人物が、違法ダウンロードではなく違法アップロードで書類送検されたという事例はありますが、違法ダウンロードに対する摘発が無いのは、こういった事情があるのかも知れません。

これらの他に、同文書に違法ダウンロードの正犯者や幇助者に対する権利行使について考察されています。 興味のある方は是非ご覧下さい。

違法ダウンロード刑事罰化って権利者への不信が増大しただけでは?

違法ダウンロード刑事罰化は、議員立法によって強引に成立しました。(以下参考)

そもそもはフェアユース規定を追加するという話だった著作権法改正議論が、法案の提出時には写真や映像に著作物が写り込んだときに著作権侵害を問われないようにするなど4項目の個別規定が追加だけとなり、国会への法案提出後にそれに対する「議員による修正」という形で法案提出時には影も形もなかった「違法ダウンロード刑事罰化」というものが追加されたのが、2012年の改正著作権法です。 当初フェアユース関連の議論を開始したはずが、音楽業界のロビー活動によって国会議員が動いたことで最後の瞬間に違法ダウンロード刑事罰化というものがねじ込まれたという感じでもあります。

先月、「違法ダウンロード刑事罰化は一時的な心理効果しかなかった?」で書いたように、「インターネットトラフィックへの長期的影響」という視点でみたとき、2010年のダウンロード違法化とは異なり、2012年の違法ダウンロード刑事罰化には継続的な萎縮効果すらなかった可能性もあります。

もし、事実上告訴も行えず実効性が無いのであれば、強引に違法ダウンロード刑事罰化をねじ込んだこの改正は、単にコンテンツホルダに対する不信や悪いイメージが不必要に増大しただけな気がしてならない今日この頃です。(たとえば、こんな感じ→産経ニュース:違法DL罰則化 回復しない音楽売り上げが示すもの

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