夜フクロウと「社会的責任」

2010/5/17-1
  • 夜フクロウの件はユーザが自分のわがままを「社会的責任」と言ったという話だと感じています。
  • 今回の件に関して、夜フクロウ作者が「社会的責任を問われるべきか?」というと、私はNOだと思います。
  • 「フリーソフト開発者に無茶言わないで!」とは思いますが、今回の件とは別に、ソフトウェアに免責事項を明記することや、「公開することの責任」という話題はあると思います。
  • フリーソフトに対するイチャモンは、私は基本無視。しかし、公開していると世界中から色々来ることも事実です。国が違うと要求のぶっ飛び具合も想像を超えることがあります。
  • 「社会的責任」という単語は他人に何かを強要するときに用いられることが多い単語というイメージ。余談ですが「公平」とか「中立」という表現も他人との議論を有利にするために利用されることが多いイメージ。
  • 「責任」と「社会的責任」の単語の定義が人によって違いそうですね。
  • 免責事項はソフトウェア本体にも明示された方が恐らく良いと思われます。
  • ブログやWebサイトなどネット上に公開する文章それぞれに対して免責事項を記載することはあまり一般的ではありませんが、ソフトウェアに関しては免責事項を何らかの形でソフトウェア内に含むことが推奨されることが多いです。
  • ブログ、ソーシャルネットへの書き込み、Twitterへの書き込み、その他全ての表現行為には責任が伴います。当然、この記事にも公開することによる責任が発生しています。
  • ネット上でサービスを運営することには責任が伴います。
  • 無料であれ、有料であれ、ソフトウェアを公開することにも当然責任は伴います。
  • ただし、責任が伴うことと、責任を問われることは別問題です。
  • 多くの場合、無料ソフトは、よっぽどこのことがないと「責任を問われる」までの話にはならないと思います。
  • 無料ソフト利用者が単に自分のわがままを通すためだけに、作者に文句を言うことが道義的に少ないのだろうと思います。一方で、有料だと「金返せ」という突っ込みかたが登場するので責められやすくなります。
  • いくつかの裁判の結果を見ると、エンジニア的な感覚と司法判断が同一にならないケースも色々あるので注意が必要だろうと思います。
  • ユーザ数が増えて来たり、注目度が上昇すると責任を問われる可能性が上昇すると思われます
  • 極論を言うと、そもそも、ネットにPC等を繋ぐことにも責任が伴います。クラックされたりすることで、乗っ取られてアメリカ政府のサイトに攻撃を仕掛けたら捜査が来ることがあります(これは実話)。
  • 議論の行方を見ていると、アナロジーを議論に登場させるときには注意が必要かも知れないですね。
  • こういうネタで、はてなで盛り上がるのは何か懐かしい感じがします。2年前みたいですね。こういうのっていいなぁと懐かしくなって書いてしまいました。
  • はてブ上での様々な意見や感想を見ていると、オープンソース開発者やフリーソフト開発者が昔よりも減ってるのかもという感想もちょっとあります。BSDライセンスやらGPLを意味を理解したうえで自分のコードに貼付けたり、Windowsインストーラに免責事項ページを作ったりという経験が減っているのかもと思いました。本当にそうかどうかはわかりませんが。

inspired by.

追記

「責任」とは何か? - Life like a clown

本来、責任とは、それが自分の自由な行動の結果だということだ。単なる事実であり、それ以上の何者でもない。しかし、日本人は責任と義務をごっちゃにしてしまっている。そのせいで、本当に考えなければならない「どうすればいいか」という問題をきちんと考えられない場合が多い。これをどうしても責任の問題とリンクさせてしまう。結局、個人への罪のなすりつけ合いになってしまい、問題はうやむやになってしまう。

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