私のブログの書き方

2009/1/19-1

ふと思いついたので自分のブログ執筆方針はどのようなものであろうか、自問してみました。 以下、私のブログ記事方針だろうと思った事柄です。 なお、全ての記事で全ての事柄を実行できているとは言えないのでご注意ください。 あくまで方針であり、結果ではありません。

1. 渋谷の交差点の真ん中で叫んでいる気持ちで

私は、インターネット上で何らかの情報を公開することは、万人に向けて情報を公開していると考えています。 あまり読者数が多くないブログであろうと、あまりPVが多くないサイトであろうと、何らかのきっかけがあれば、いきなり皆に見られる可能性があります。

コンピュータやルータなどの通信機器が間に介在しているため、「誰かが読んでいる」というのは実感が湧きにくいのですが、例え相手が見えなくても「自分は渋谷の交差点のような人が多い場所で突っ立って叫んでいるのと一緒だ」という気持ちを忘れないように気をつけたいと考えています。 ネット上での情報発信は、人ごみの中で叫んでいるような「不自然さ」はありませんが、匿名な多数へと発信するという意味では渋谷で叫ぶのと変わらないのではないでしょうか。

なお、どうでも良い事ではありますが、渋谷ではなく、新宿でも原宿でも池袋でも品川でも名古屋でも大阪でも博多でも札幌でも人通りが多いところであれば良いのかも知れません。 何故ここで渋谷という例を出したかに関する明確な根拠はありませんが、私にとって人がグジャッといるところで一番イメージがあるのが渋谷の交差点なのかも知れません。

2. エラー処理の気持ちを忘れない

私は、文章を公開する前に必ず数回全体を読み直すようにしています。 そして、文章全体としての流れが持続しているか?理論の飛躍がないか?説明不足な部分が無いか?他人の気分を害す部分はないか?配慮が足りない部分はないか?などをチェックするようにしています。

このチェックは、プログラミングにおけるエラー処理や例外処理を行う気持ちでやっています。 例えば、とある文章に対して「ここはこのような受け取り方があるのではないか?」という「エラー」や「例外」を発見したら括弧()などを利用して注釈をつけるようにしています。 後から突っ込まれていい訳をするよりも、できるだけ突っ込まれそうな部分を発見しておいてから自分で突っ込みや言い訳を用意しておこうという考えです。

このエラー処理的文章執筆はある意味パラノイアだと思います。 ブログの文章を書きながらswitch case文の処理をしているようなものです。 (try catchの方が近いのかも知れませんが。。。)

3. 自分の中の前提を可能な限り排除する

エラー処理的な文章執筆に意味は近いような気もしますが、可能な限り「自分の中の前提」を排除しようと心掛けています。 専門的な話が入り始めると、「自分の中の前提」が文章に与える害は顕著になってきます。 自分が得意な分野になると「ここら辺は当たり前」と思う範囲が深くなり過ぎて、文章が味気なく読みにくいものになりがちです。

技術的な文章の時には、できるだけ他人を門前払いしないように「自分の中の前提」を排除し、できるだけ文章全体の流れを害さないようにしながら補足を入れようとしています。 しかし、補足の部分が多くなり過ぎると、今度は単なるウルサい文章になってしまいます。 しかも、話が細かくなってくるとどうせ興味を示したり読んだりする人は限られてきます。 「どこまでやるか」などのさじ加減はいつも悩みます。

また、同じ前提を持っている人だけが楽しめるような「ネタ」の場合はこの限りではありません。 例えば、UNIX系のネタやプログラマ系のネタは説明が少ない事が面白さの要因になり得ます。 「あー、あるある」となる人だけに向けた文章である場合、余計な贅肉は野暮なだけです。

4. 可能な限りソースを求める

多くの場合、文章というのは多くの仮定(前提)の上に成り立っています。 その仮定をソースととともに示せないと、文章全体が弱くなってしまいます。 論文を書くときに良くやる手法なのですが、「○○では××と言っている。故に△である」という風に文章全体を組み立てようとすることが多い気がしています。

何かを書くときには、根拠となるソースを可能な限り示したいと考えています。 例えば、論文を解説するのであれば、他人がその論文へとアクセスできるように最低でもタイトルと発表場所などを記載するようにしています。

本であれば、「どの本にどのような事が書いてあるので、こうだ」というように書くようにしています。 (まあ、この点に関してはAmazonさまのおかげで一般的だろうと思います)

元ネタがネット上にある場合にはリンクを張るとともに、そこに書いてある事などを要約して記載するようにしています。 まあ、これに関しても一般的な話だと思われます。

そして、ソースとなる「何か」がない状態で何かを書く時も、ソースとなる考えや経験をできるだけ書こうと考えています。 「○○は常識」のように、いきなり前提を作ってしまうのではなく、「○○は××という経験上、△ではないか?」という記述にするようにしています。 さらに、何の根拠もなく書いている場合は可能な限り「根拠がない」という点を明言するようにしています。

なお、論文へのリンクを張るか張らないかに関しては微妙な部分があります。 学会によっては著者本人であっても論文の公開を認めていないところがあります。 また、本人ではない人が自分の学習用にWeb上に置いておいて、意図せずにそれが検索エンジンに乗っている場合もあります。

基本的に論文はいくつかの情報があればアクセス可能な人は可能なものなので、ある程度はあきらめてタイトルや著者名にとどめています。

5. 情報の入手経路も出来るだけ書く

情報の入手経路に関しても可能な限り公開しようと考えています。 何故その情報を知ったか、どのような経緯で記事を書こうと思ったか、などです。 その他、何故そのような記事を書こうと思ったかなども書ける範囲内で書く事もあります。

ただし、場合によっては「教えてくれた人」を連想されるような記述が情報提供者の害となる場合もあるので、必ずこれを行って訳ではありません。 また、その他個人情報やプライバシーを侵害する可能性のある内容は、意図的に情報を欠落させるなどの処置を施しています。

6. 必要な事は書く

お金を受け取って記事を書いているときなど、書かない事で誤解を与えるような行為は避けたいと考えています。 そのため、お金頂いたことや、どこから頂いているかなどは可能な範囲内で記述することにしています。

また、これらを書けないようであればお金は受け取る流れにならないようにしています。 これ以外にも、サブマリン的になりそうな事は書かないようにしています。

ただ、相手や関係者に迷惑がかかるので割愛もしくは書く範囲を限定するというものもありそうなので、微妙なバランスを考えながらやらなければならない案件なども今後は発生するのかも知れません。 特に、新製品や新サービスを企画していてNDAが絡むような話とのバランスはどうなるのかに関しては様々なフィールドワークが必要になるのではないかと考えています。 まだそのような案件に遭遇したことはありませんが、遭遇したときにどうすべきかは可能な範囲でシミュレーションしたいと考えています。

7. 間違いは修正する

間違いを指摘されて、その指摘が十分に正しいと思えるものであれば、可能な限り修正を行ったうえで修正したことがわかるような記述を追加するようにしています。

また、間違いのレベルがヒドイと自分で思えるものに関しては、別途何を間違えたかなどを含めて謝罪エントリもしくは修正報告エントリを書く場合もあります。

修正をする速度が要求される場合もありますが、これは間違いの指摘に気がついた時点でしか出来ない場合もあるので、いつでも迅速な対応が出来ているかと言われると多少心が痛い部分でもあります。

8. タイトルをキャッチーにし過ぎない

タイトルのつけかたで記事の伸び具合が全然違ってきます。 今までやってきた経験として、タイトルの文言で記事のPVは数倍違うという実感を持っています。

しかし、個人的にはあまりキャッチーなタイトルをつけずに「できるだけ素っ気ないタイトル」を心掛ける場合もあります。 というのは、タイトルがあまりにキャッチー過ぎると本文を読んで失望する人の割合が増えるのではないかと考えているからです。

「ここにはこのような情報が掲載されている」とわかってもらっている人に極力見て頂いた方が良い面もありそうだと自分に言い聞かせて、タイトルをキャッチーにし過ぎないようにしているのかも知れません。

とはいえ、「何かを伝えよう」とか「この記事の雰囲気をこうしよう」というような自分のニュアンスに記事のタイトルが引っ張られる事が多いのも事実です。 記事全体のトーンを調節しようとした結果、記事タイトルがキャッチーになっているものもある事は否めません。

ということで、極力内容を表すものになるようにタイトルを調整しているつもりですが、たまには過大な期待を抱かせるタイトルになっているかも知れません。 許して下さい。。。

9. 煽らない

何かを煽ったりするような記事は出来るだけ書かないようにしています。 煽るのではなく、事実や考えを伝える事に注力したいという考えです。

しかし、読む人が読むと結果として煽っているようにしか見えない記事をたまに書いてしまうのも事実です。 できるだけトーンを落としたつもりでも、結局は煽っているようになる場合もあります。

何よりも大変なのは自分の中にある「煽りたい気持ち」を抑える事です。 「もう書きたくてウズウズしたい」というのが実はしょっちゅうあります。 それを無理矢理抑えるという不健全な事をひたすらしているのかも知れません。

ここら辺は、自分の中で今後もずっと課題になりそうです。

10. 怒らない

これは「煽らない」に近いような気がします。

ネット上を見ていると自分とは関係がないのに読んでいて怒りが湧いてくる文章に溢れています。 その中に出来るだけ参戦しないように心掛けています。

自分の知っている範囲やソースが明記できるものに関しては良いのですが、伝聞で得た知識をさらに広める事の危険性は大きいと感じています。 ソースロンダリングの一環に無意識のうちに取り込まれないようにしたいと考えている今日この頃です。

11. 公開して参考になりそうなら公開する

自分の得た経験や、自分が有用だと思ったノウハウのうち公開可能で他者が参考にしてくれそうだと思えるものであれば極力公開したいと考えています。

それを公開することによって、まわりまわって自分の利益につながる事もない訳ではないと信じています。

12. ただし、極力公開しない

ただし、何でもかんでも公開しているわけではありません。 まず、他人や自分のプライベートだと思っている情報は極力公開しません。 ある程度公開している情報がある人であっても、「公開されたくない情報」というものは必ずあります。

特に他人の情報となるような事であれば、本人の許可がなければ他人に伝えたり公開したりはしないようにしています。 その人が何を公開しても良くて、何は公開したくないのかは本人のみぞ知る事であり、勝手に判断しても良いものだとは思っていません。

例えば、私はオフ会にカメラを持って行ったりしません。 いくら写真撮影者が「公開しない」と言ったとしても、匿名で活動しているような方々は「撮影されること」そのものを嫌うからです。 そもそも、カメラを手に持っているだけで警戒されてしまいます。

過去に、私も正体を明かさずに匿名でブログを書いているときに写真を勝手に晒された事があります。 その後、晒した方の近くには物理的に行かないようになってしまいました。 同じようなスタンスの方がいないとも限らないので、カメラはそもそも持って行かない事が多いです。

また、オフレポも書いて良さそうな範囲を極力聞くようにしています。 そもそもオフレポを書く事がほとんどありません。 数回は書きましたが、書かない場合がほとんどです。

13. 速度を求めない

特定のニュースに関するブログ記事を誰よりも早く書く事を目指すのはやめようと考えています。 私には体力的/精神力的に無理でした。

14. 時事ネタには出来るだけ乗らない

時事ネタには出来るだけ乗らないようにしています。 時間が経過するとともに、新事実が出てきて後で後悔する事が発生しそうな場合は特にそのようにしています。

時事ネタに乗らないことに特に強いこだわりがあるわけではないのですが、古いネタであってもまだ紹介されていないような内容というのは世の中に多く転がっており、どちらかというと「古いけど新しい情報」を探したいと感じています。

15. 知らない事は知っているように書かない

知らない事は可能な限り「知らない」と明記したいと考えています。 どんな人でも、専門性がある分野は非常に限られています。

自分が素人である分野で無駄に意地を張っても疲れるだけなので、変な見栄を張らない努力をしようと考えています。

さらに、知らない場合は「知っている人」に助けを求める事もあります。 例えば、記事の原稿を見てもらって問題点がないか複数の人にチェックしてもらってから公開することもあります。 なお、チェックしてもらった人の立場などもあるため、チェックしてもらった事を記事中にて公開する事例はあまり多くないのでご注意ください。

16. PVが伸びなくても気にしない

論文や特定の技術に関して、時間をかけてじっくり調べ上げた記事よりも、簡単にまとめただけの記事の方がPVが伸びる事があります。 特に、内容がニッチになればなるほど論文解説などは読者数が少なくなる傾向があります。 個人的に「これ面白い!」と思った内容の解説ほどPVが伸びないような気さえしています。

ただ、だからと言って「いかにもPVが伸びそうなネタ」ばかりを狙って書いているのも何かあまり楽しさを感じません。 そのため、できるだけ「気にしない」という事を心掛けようと努力しています。

ええ。努力はしてるんです。 でも、どこまでニッチな情報を掘り出す事に努力できているのかは、ちょっと自分ではわかりません。。。 そもそも、読む人によってはここの記事は「表層的な内容ばかり」と感じるでしょうし。。。 というか、時期によって興味の対象が移り変わる事が多く、書いている内容も結構違ってるんですよね。 ここら辺は執筆者の能力的限界が大きな要因であるため、ご容赦頂ければ幸いです。

17. 反対意見と批判と嫌がらせを区別する

「厳しい突っ込み」というものがあります。 無視しても良い純粋な嫌がらせと、正当な反対意見と、感情的な批判などを可能な限り区別するようにしようと考えています。

そして、無視しても良いものに関しては可能な限り無視をしています。 反応を示しても相手が喜ぶだけですし、新しい突っ込みの種にしかならないような気がします。

18. 批判を忘れない

「どのようなトーンで何を書いたら批判されるか?」という経験は非常に重要です。 私は自分の人生を自分の環境でしか歩んでいないため、他の方の環境や境遇を知りません。 ブログの記事に対する批判的な反応の多くは、境遇や環境の違いによる不理解や不寛容が根にあることが多いと感じています。

「このような事を書くと、このような立場の人を暗に批判しているこになる」という経験は、積み重ねないとわからないのではないかというのが、個人的な感想です。

また、文章が批判になるのではなくても「このような分野の事を書くと、この分野の方々に不快な想いをさせる」という経験も積み重ねないとわからないことが多い気もしています。

19. 最後に「まとめ」を書く

「最後に」「まとめ」「結論」などがあった方が文章の流れがまとまりやすくなります。 結局何が言いたかったのか、何を考えて書いたのかなどの趣旨を一言最後に付け加えるだけで、文章全体が投げっぱなしジャーマンスープレックにならずに済みます。

「まとめ」が必ず必要というわけではありませんが、文章の終端方法がうまく思いつかない場合には安直に「最後に」を一言書く方法がお勧めです。

最後に

何か、こうやって列挙してみると、かなり気難しくてつまらない書き方のような気もします。 まあ、こういう書き方の人がいてもいいのではないかぐらいの気持ちで許して頂ければと思います。

なお、時期とともに書き方も徐々に変わっていたりするため、 このような書き方もいつまで続けているのか不明です。

いや、でも、書いておいてなんですが、そもそもここに書いた事を本当に全部できているのか甚だ疑問だったりもします。 orz...

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