時間をかける勇気

2008/6/2-1

特定の事に注力して、集中して時間を費やす事には大きな決断が必要だと思うことがあります。 その決断によって得られる対価が明確ではない場合、決断に必要なコストというのはさらに大きくなります。

日々ちょっとずつチョコチョコ何らかの形を出していると安心しますが、ちょっとした手先の作業ばかりを繰り返していると大きな成果は出しにくくなります。 大きく時間を消費して何かに注力すれば、出来上がる成果物の完成度は上昇し、ヒットしたときの反響の大きさは大きくなりがちです。 ただし、その成果物が全くヒットしなければ消費した時間が丸ごと無駄になります。

個人がフリーランスになってすぐに、受注を受けることと自分一人で何かのソフトやサービスを作って勝負に出る事を天秤にかけるというような場合があります。 生活/貯金/その他状況などによって判断は異なり、一般論としてどちらが良いかは誰にも断定できないとは思いますが、うまくいくかどうかわからない何かに対して全体重をかける事が良いことなのかどうかに関しての悩みや苦悩は非常に大きいと思われます。 多くの場合、結果が「良かった」「悪かった」を左右しますが、結果が出るまで誰も断定できません。

会社においてはさらにシビアになると思われます。 複数人の部下を抱える上司が何らかのプロジェクトにGOを出すという事は非常に大きな決断だと思われます。 その決断に社員の生活がかかる場合もあり得ます。 しかし、決断の重さと難しさとは裏腹に、部下の側が「安全策ばかりで挑戦が無くてつまらない」とぼやいてしまう場合もあります。 そして、その部下もいつかは同じぼやきをされるのかも知れません。

時間をかけて何かをやるという決断は「勇気」なのかも知れないなぁと思いました。 ただ、勇気と無謀は紙一重の場合もあり、結果を見ると勇気だと思っていたものが実は単なる無謀であるかも知れません。

結構当たり前な話かもしれませんが、何となく色々と考えてしまった今日この頃でした。

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