勉強は至高の贅沢かもしれない

   このエントリをはてなブックマークに登録    2007/9/12

学生である間は、勉強をすることが強要されます。 そして、多くの学生は勉強をすることをあまり好まないような気がします。 学生期間中は勉強をする主な目的が進学や就職をするためなので、勉強をしたいから勉強をするという人は少ないと思われます。

しかし、一度学生という身分を卒業してしまうと、もう一度学生という身分になるということは、ある種の贅沢ではないかと思われます。 まず、仕事をやめてフルタイムで学生になるには相当の覚悟が必要になります。 入学資金や学生である期間中の生活資金も必要になります。 また、ある程度の年齢になってから学生になると、卒業後に就職をするのが困難である場合が多くなります。 そのため、卒業後に就職活動をしなくても良い身分であるか、もしくは既に卒業後の職がある程度決まっているという条件が、場合により発生します。

このように書くと、再び学生に戻るというのは、既に財力がある人か、もしくは相当の覚悟がある人でないと出来ないことだと思われます。 (配偶者orパートナーorパトロンなどが積極的に援助してくれるなどの条件もありなのかも知れません。) そう思うと、学生という身分でひたすら勉強をするという状況が至高の贅沢なのではないかと思い始めました。

学生である間は、勉強がメインであれば良いという状況に鬱陶しささえ覚えると思います。 自分が勉強したい何かというより、漠然と必要そうだからとか、勉強しろと言われているからという理由でする勉強は確かに苦痛だと思います。

しかし「あれを知りたい」「こんな事やってみたい」「これ誰もやってないよなぁ」というような事を追求する勉強(研究なのかも知れないですが。。)は楽しいものである気がします。 何を勉強したいかを発見するには、色々やってみる必要があり、色々やってみるには時間がかかるというジレンマなのかも知れないですね。 何か、仕事をするため等の脅迫観念に迫られるのではなく、ただ単に興味を持った事を追求し続けるという贅沢を出来る身分の間には、その事に気がつかず、時間が経つと無性に勉強がしたくなるという事もあるんだなぁと思った今日この頃でした。

最後に一応補足です。 「もう勉強なんてしたくもない」という意見の人も多いと思います。 というより、むしろ「勉強できる時間って贅沢〜」と思う人は少数派という噂もあるかも知れません。 でも結局は、「いや、勉強はしたいんだけど、生活どうするんだよ?」という現実が一番の課題な気もします。

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