時は金なり

2007/12/28

昨日の退職報告エントリに対して多くの激励を頂きありがとうございます。 大変励まされました。 今まであまり連絡を取っていなかった昔の仲間からの連絡もいただけました。

独立して少し経ってから実感しているのが「時は金なり」という事です。 今まで色々なライフハックで書かれている事ではありますが、実際に自分で体感すると違うものですね。。。

今までの人生は、ある程度道筋が付いたところばかりを歩んでいた気がします。 中学では高校受験、高校では大学受験、大学では卒業、博士課程では博士論文、会社では半期もしくはプロジェクト毎のデッドラインというものがありました。

これからは、自分で全ての計画を立て、そのマイルストーンも自分で決定し、進捗管理も自分で行わなければなりません。 それは自分で進むと決めた道なのでやるのが当たり前ですが、現在は「やれること(選択肢)」が多すぎてどれに集中すべきかに悩んでしまいます。

やってみたいことからどれか一つを選択して、それに時間を割り当てるという行為はある種の賭けになります。 時間をかけてやった事が泣かず飛ばずであれば、丸ごとその時間が無駄になるからです。 非常に当たり前の事ですが、非常に重みがあると実感しています。

もしかすると、これは博士論文を書くという目標に向けて学生生活を行っていた時期に近いのかも知れません。 3本のpublicな論文と博士論文を書き上げるという時間制限付き条件だけがあり、どのような内容で各論文を書くかは自分次第でした。

当時は、バイトをするのも自由、Age Of Empires(RoRも含む)をするのも自由、論文を書くのも自由、研究をするのも自由、勉強をするのも自由でした。 また、ネットワークの運営をしたり、先生の授業の手伝いをしたり、イベントの手伝いをしたり、というのもありました。 人によって、それぞれの配分が劇的に違いましたが、各自が行った時間配分が2年後、3年後の自分に降りかかって行くという点は共通でした。

ただ、今回は審査がある論文とは違い、何か明確なものがあるわけではありません。 「生活していく」という漠然とした最低ラインを満たすところが最低条件にあるだけで、これが出来ればOKという何かは存在しません。 「世界制覇」や「地球防衛」などという明確な基準があれば良いのですが、今のところ私にはそのレベルのビジョンが無いのが弱いところかも知れません。

「会社でも時は金なり」というプレッシャーが大きくかかっていた方々がいて、そのプレッシャーというのは非常に大きいものに違いないと最近は思います。 例えば、ある製品を作ると決めます。 すると、その決定によって多数の社員の「時間」を割り当てる事になります。 そして、その「時間」を割り当てるには凄い額のお金が必要です。 個人が何かをしようと思って泣かず飛ばずの場合とは規模が違います。 これは「工数」という話で語られていることが多いですが、実感として感じるのは随分違った世界があるのではないかと思いました。

多人数を率いて「やるぞ」という最終決定には、恐ろしいプレッシャーがかかるのであると思います。

会社の規模が小さい場合には、もっとシビアかも知れません。 例えば、数人の会社である場合、一つの製品が失敗しただけで終わりになってしまう場合もあり得ます。 そのため、小さい会社の方が、各社員を養っていくという概念がより強くなるのではないかと思います。

「会社の仕事がつまらない」という愚痴はありがちですが、「つまらないのはわかるけど、あなたを食わせて行くために一生懸命仕事を取ってきたんだよ」という主張も普通にあり得るなぁと思いました。 ただ、「つまらないけど、収入は必要だろ!」と言ってしまうと激しくモチベーションが下がるので、つまらないかも知れない仕事に対して夢を語ってモチベーションを上昇させられるという事も大事なのかも知れないと思いました。 (難しいことであるとは思いますが。。。)

文章にしてしまうと、当たり前の事をつらつら書いているだけになってしまうのが非常に悲しいところですが、 時間の配分と取捨選択はこれからの命題になりそうだと思った今日この頃でした。

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