「ブログとは何か」を読者視点で分析する (後編)

2008/10/10-1

前回(「ブログとは何か」を読者視点で分析する (前編))の続きです。

表現と知覚

先行研究では、ブロガーがブログを表現手段として使うことが示されている。 この章では、表現されたものを読者がどのように受け取っているかを示す。 いくつかの要素に関しては、先行研究と同じ結果が得られた。 一方で、購読者による知覚に関しては先行研究と異なる結果が得られる部分もあった。

先行研究との一致

先行研究では、読者は信憑性(信頼性)を求めるとされている。 信頼が失われると読まれなくなる。 信頼は投稿回数ではなく、説明によって左右される。

本実験での被験者15人のうち、11人は定期購読しているブログに信憑性があると答えた。 Connieは「著者の人生に入り込んでいる」と表現し、Natalieは「ブロガーと一緒に旅をしている感覚」と述べた。 個人ブログを定期購読している13人全員が読むブログのポストの多くは、ブロガーによる意見や個人的な内容であり、それらが信憑性に繋がっているとした。

ブログは、1対多のメディアであると認識されることが多いが、1対1の体験としてされることもある。 被験者のうち、8人が自分とブロガーとの1対1のコミュニケーションであると認識していた。 Selenaは「たまに、著者は私のために書いてくれているのではないか、と思うことがある」と述べている。

先行研究では、読者によるオンラインとオフラインでのアイデンティティの使い分けは、ブロガーのそれと似ているとされている。 しかし、最近の研究では、オンラインのアイデンティティはオフラインのアイデンティティの延長線上に存在するという結果もある。

今回の実験では、オンラインでのアイデンティティとオフラインでのアイデンティティを使い分けている被験者も多かった。 例えば、親にはオンライン上でのブログ活動を知られたくないと答える被験者もいた。 このような使い分けは被験者の間で一般的であった。

先行研究との違い

先行研究の多くは表現と知覚に関して見落としてきた要素がある。 これは、主にブロガーにフォーカスしていたためである。 ブロガーにとって、読者とは匿名の集団であった。 しかし、しばしばブログ購読者は個別のブログに対して個別の対応を取る。 被験者の多くは、コメントなどを行うかどうかは「ブログによる」とした。

11人の被験者は、自分の考えとは合わない意見に遭遇することが多いとした。 しかし、反対意見をコメント欄を通じて表明すると回答したのは4人だけだった。 Lillianは「ネガティブになるのは良くない」と述べている。 Kirshはブロガーに対するバッシングを楽しみ、「炎上」をしている箇所に出没すると述べている。

先行研究では、ブロガーは読者から期待されるものがあるとされてる。 一方で、読者側がブロガーに期待されているものもある。 Patriciaによると「良いポストは読者からのリプライを得る権利がある」と述べている。 非常に単純なコメントがある一方で、読者が時間をかけてコメント文を練ることもある。 ブロガーがコンテンツに関してプレッシャーを受ける一方で、読者も良い反応を示そうとプレッシャーをうけている場合がある。

さらに、ブロガーが記事の更新に対してプレッシャーをうけるように、本実験被験者の10人は読むことに関してプレッシャーをうけていた。 これらは、友人のブログや自分が「一部になっている」と感じているブログに対してである。

読者によるブロガーへの期待は複雑である。 13人の被験者は、ブログに期待するものとして更新頻度,見た目,ナビゲーション,応答性,妥当性,その他要素ご挙げた。 しかし、読者がブログ毎に違った読み方をするのと同様に、ブログ毎に期待するものも違った。 一般的に、友人のブログに対して期待するものは小さく、「巨大な」ブログに対する期待は大きい。

巨大なブログにコメントするとき、読者はコメントに対する返信を期待していない。 一方で、友人のブログでのコメントに対する返信はほぼ必須となっている。 Natalieは旅行に興味があるため、旅行ブログを読み、しばしばコメントを記述する。 彼女はブロガーからの返信を期待していないが、返信があると非常に驚く。

ブロガーと読者の間の期待は巨大ブログと友人ブログで違うというわけではない。 例えば、Lillianはコメントを書いたり質問に答えるなど、ポジティブなフィードバックを良く行う。 しかし、例えば、彼女の修士研究に関連するような科学ブログは読むだけである。

ブログに対する期待の違いは、読者によるブロガーやブログに対する知覚や、そのブログを読む意図に影響される。 Lillianは編み物のブログを読み、コミュニティに入り込んでいる。 Tonyはエンジニアリングを楽しみながらコメントを書き込んでいる。 Charlesはルーチン作業としてブログを読んでいる。 Judithは友人とのコンタクトを継続するために友人のブログを読んでいる。 読者によるブログの知覚に影響を与えるのはブロガーによる表現方法だけではなく、読者がそのブログを読む目的によって異なる。

この論文はブログ読者にフォーカスしているが、被験者の15人のうち、ブログを持っていない人は3人だけであった。 ブログを書く読者と書かない読者の違いは、ブログを書かない読者の方がトラフィックを集めている一般的なブログのみを読むことである。 12人のブログを書く被験者のうち、10人は友人との関係を維持するためにブログを利用していた。 突き詰めていくと、ブログを読むという活動はブロガーと読者との関係という二分法ではない。 「場合による」という表現が、ブログを読むという行為が個別の読者に依存し、ブログそのものだけではないことを示している。

一部になる("Being a Part")

ディスカッションが購読しているブログに対する参加とコントリビューションに変わったとき、11人の被験者が自身が購読しているブログの「一部である」と感じていると述べた。 何人かの被験者は、コメントなどによって自身の存在をブロガーに知らせるような事を全くしていないにも関わらず、ブログの一部であると感じていた。 ブログの一部になるということは、定期購読,コミュニティへの参加,接続されている気持ち,などを全て含み、それらよりも強い思いであると言える。

「購読」そのものが「ブログの一部になる」要素と挙げられる。 Connieは、「読んでいるだけで参加している気分になる」と述べている。 ただし、どのブログであっても読むだけで参加している気分になるかどうかは疑問である。

Charlesは、コミュニティメンバーとしてのコントリビューションがないので、自分はブログの一部ではないと考えている。 しかし、Charlesが読んでいるブログは「巨大なブログ」ばかりである。 多くの被験者は、読むだけで「一部になる」という気持ちを持っていたが、Charlesは持てなかった。

購読は「一部になる」ことに関して重要な要素ではあるが、それだけでは十分ではないばあいもしばしばある。

15人の被験者のうち6人が、「ブロガーと繋がっている」と感じていた。 先行研究では、ムードなどの会話に直接的に重要性を持たないようなものも「つながり」の感情形成に影響を与えるとされている。 ブロゴスフィア上では、そのようなムードを作り出すのは、ちょっとしたコメントである。 非常に短く、一般的で全く意味をなさないコメントがある。 これらは、非常に軽量な通信であるが深い意味を持つ。

「つながり」は、個人としてのブロガーに対して適応されるものとは限らない。 様々なブログで、個人的なスタイルや表現がされているが、全ての読者がブロガーを目当てに読んでいるわけではない。 多くの読者はブログ上で表現されるコンテンツもしくは情報に興味を持っている。 被験者の15人のうち10人が、ブロガーを個人的に知っているため特定のブログを読んでいた。 特定の分野における情報が欲しいため特定のブログを読んでいる人は15人中11人いた。 しかし、目的が途中で変わることもある。 初めは情報が欲しくて読んでいたが、途中からはブロガーとの「つながり」が形成されたために読み続けていると11人の被験者が述べた。 Cherylは以下のように述べている。

「最初は彼が猫の写真を投稿しはじめたとき、ちょっと変だと思った。"何考えてんの?"って感じ。ただ、何回か繰り返されると、段々猫が可愛く見えてきた。そのうち、そのようなポストのファンになった。"超可愛い!"という感じになった。」

Cherylは、当初そのコンテンツを不快に思ったが、ブロガーの個人的なコンテンツによって、最終的にはブロガーとの「つながり」を感じるようになった。 一方で、当初ブロガーを目的に読み始めたブログで「つながり」を失ったと思った後もコンテンツを読み続けたサンプルは一つもなかった。 この結果から、読者の知覚を考慮した時、ブロガー自身をコンテンツと分けて考えるべきではないと言える。

結論

増加していくブログによるソーシャルな活動を考慮する時、読者による体験、役割、コントリビューションなども同時に考慮しなければならない。 この論文は、ブログ購読者にフォーカスした。 ブログ購読者の購読手法、ブログやブロガーに対する知覚、ブログの一部になるということの意味などを明らかにした。 ここでの発見は、読者が参加するブログという活動は、先行研究が述べているよりもはるかにヘテロジニアスであり、複雑である。 被験者は18歳〜25歳、15人中11人は学生であったが、それでも結果は非常にバラエティに富んでいた。 本論文での分析から、構造的な解析やコンテンツを中心としたブログの分類を行うのではなく、読者のエクスペリエンスを考慮した方が得られる情報は多いかも知れない。 本論分は、ブログ購読は単に読むだけではないことを示している。 ブログという活動における読者の役割を示した本論文は、今後の研究の基礎となりうる。

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