はじめに

インターネットのカタチ もろさが織り成す粘り強い世界」草稿の一部です。

「インターネットが壊れた」と聞いて、どんな場面を思い浮かべますか? パソコンを使い慣れないオジサマがインターネットにつなげられなくてサポートセンターのお姉さんを困らせている様子? Windows のインターネットエクスプローラが暴走している様子? 大停電でパソコンの画面が真っ暗になっている様子? それとも、天変地異によって切断された海底ケーブル? そもそも「壊れる」なんて想像すらできない人もいるでしょう。 多くの人にとって、「いつも動いていて当たり前」なモノです。いまや普通に使うだけであれば、その姿かたちを意識することはないでしょう。意識する必要もありません。SF 作家のアーサー・C・クラーク氏の、「高度に発達したテクノロジーは魔法と見分けがつかない」という非常に有名な言葉がありますが、裏側で動いているテクノロジーをまったく意識しなければ、インターネットそのものも「魔法のように見える」かもしれません。

しかし、残念ながらインターネットは魔法ではありません。それなりの仕組みと技術者の努力のもとにインターネットは動き続けています。とはいえインターネットは、魔法とまではいえないまでも、ある程度の単純さとある程度の複雑さが絡み合って造り上げられている非常に不思議な場所であるとはいえます。

この不思議なインターネットは、普段は壊れるなんて意識しないほど、今の日本では当たり前の「モノ」になっています。ところが、実はインターネットはしょっちゅう壊れています。何だか急につながらなくなった、という経験がある人もいるでしょう。

インターネットは、魔法でも幻ではなく、現実であり、形ある「モノ」です。形あるものは壊れます。インターネットだって壊れるのです。それも、実際には毎日のようにどこかが壊れています。 これほど普及しているインターネットが、そんなによく壊れていていいのでしょうか? 壊れにくくすることはできなかったのでしょうか?

実は、現在のインターネットは、むしろ部分的に壊れやすく設計されています。部分的に壊れるのを許すことで、全体が停止しないという設計です。壊れやすいインターネットの形そのものが、多少は壊れても使い続けられる粘り強さを生み出しているのです。

この本では、過去に実際に起きた「インターネットが壊れて復旧した」事件を端緒に、「粘り強いが壊れやすく、壊れやすいが粘り強い(*1)」という視点でインターネットの形を探っていきます。さまざまな規模で絶えず起きている水面下の活動を切り口に、現状のインターネットがインターネットとして機能している不思議さを共有しつつ、マクロな視点から見たインターネットの形を読者の方々と共有できれば幸いです。

本書が目指したもの

本書の計画は、現代のインターネットへの接続の容易さから改めてインターネットの不思議さを肌で実感する機会が少なくなりつつあるのではないか、という話題から始まりました。インターネットそのものが、普通の人々にとって簡単で便利で当たり前になればなるほど、その仕組みを知ろうとする人は相対的に減っているような印象を受けます。

その存在を意識させずに機能し続けるインターネットは、社会基盤としては成功ですが、興味を持つ人が減るというのはもったいない気もします。このような意識から、本書では「インターネットは観察対象として面白いよ!」ということを伝えたいと考えています。

「壊れた」から垣間見えるインターネットの形

本書では、さまざまな公開された情報や、各種論文などから情報を集めることによって「インターネットの形」を示していきます。 さらに、「形あるものは壊れる」という思想のもとに、「壊れた」という事例を織り交ぜながら話題を構成していきます。ただし、「壊れた」事例だけを集めて面白おかしく語ってしまったのでは、単なるインターネット崩壊論書になってしまいます。本書が目指したのは、そういった方向ではなく、むしろ逆です。

「なぜ壊れたか?」という視点を突き詰めていくと、さまざまな本質が見えやすいと筆者は考えています。そこで、本書は「壊れた事例から垣間見えるインターネットの形」というテーマで全体を構成しています。

観察方法の紹介

本書のもう一つのテーマは、インターネットそのものを観察する方法を伝えることです。インターネットには、特殊な権限を持たなくてもさまざまな情報を観察可能であるという、非常に面白い特徴があります。すべての情報がわかるわけではありませんが、インターネット上でたくさんの情報が公開されており、公開されたピースを集めてパズルを完成させるような気分で観察ができる場合もあります。

本書も、そうした公開されている情報をもとにして書きました。「どのようにすれば同様の情報を得られるか?」を可能な限り伝えるというのが本書の副次的な目的です。

教科書臭さからの脱却

本書が目指したのは「技術書」ではなく「読み物」です。技術的な内容を入れつつも、できるだけ「教科書」のようにはしたくありませんでした。教科書で説明する詳細は可能な限り省略しつつ、設計や運用としての「形」だけでは網羅できない、リアルで生々しい「インターネットの形」を示すことを目指しました。

また、多くのインターネット教科書はボトムアップ式に前提を積み上げて一歩一歩技術を解説していきます。本書では、あえてその形を崩した手法で表現することに挑戦してみました(*2)。

こうした理由から、本書だけでは技術書として不十分な部分も数多く存在しています。しかし、リンクでつながるWeb の世界が当たり前になった今、すべての情報を一冊で完結するよりも、基本的な部分は他の本に依存する形にしても良いのではないかというのが筆者の思想です。

インターネットの技術を伝える教科書としての良書は、すでに多く存在しているので、本書で足りない詳細な解説は他書を読んで補足してください。逆に、本書を通じて何かに興味を持って調べることを開始する人が登場すれば非常に嬉しいです。

本書の構成

第1章「壊れやすくて粘り強い」では、「インターネットが壊れる」という話を皮切りに、インターネットの概要を解説していきます。

第2章「ネットワークのネットワーク」では、マクロな視点で見たインターネットの性質や形態、基本的な構造と、その構造が構成されていった歴史を紹介します。

第3章「仕様のデバッグ」では、仕様という視点でインターネットを見ていきます。仕様が公開されていること、問題に対処するために仕様を変更していくこと、仕様を変更していくことによってインターネットそのものが変化と適応を繰り返していることなどを紹介します。

第4章「「名前」を巡る変化」はインターネットの重要な要素である「名前空間とアドレス空間」についての解説です。「通信ができる」というアドレス空間の機能だけでは現在のインターネットは機能しないことや、「名前解決ができる」部分が止まってしまうとどうなるか、その部分が止まってしまわないために行われている運用などを紹介します。

第5章「物理的に切れた!」では、物理的な回線の切断などによる影響を紹介します。インターネットは物理的な回線の上に構築されており、何らかの形で物理的な障害の影響は受けます。

第6章「インターネットと国境」は、国家という現実の枠組みがインターネット上で「見られない」という状況を作り出していることを紹介します。著作権等の権利を満たすために視聴可能地域を制限したり、各国政府が行うフィルタリングやブロッキングによってWeb が見られなくなった事例です。

第7章「インターネットの大渋滞」も、第6 章に続き「見られない」ことをテーマとしています。第6章は国家による継続的な「見られない」に関して語っていますが、第7 章は、ネットワークの過負荷が原因で「見られない」が発生するという短期的な話です。

第8章「論理的な通信の密集地帯」では、というタイトルで「通信が密集する」という概念を紹介します。本書は主に過去の事例を中心に執筆していますが、第8章は多少未来の話も含んでいます。

最後に、それまでの話を踏まえて、これからのインターネットの形がどうなっていくか筆者の執筆時点での考えを第9章でまとめました。

技術資料の紹介

世界中にはりめぐらされた巨大なネットワークであるインターネットは、特定の単一組織が管理しているわけではなく、「誰も全体は管理してない」という状態にあります。誰かが集中的に管理しているわけでもないので、誰も正確な全体像は知りません。

しかし、さまざまな公開情報や観測情報から「インターネットの形」を推測することまでは可能です。本書での議論も、その多くが推測によって構成されています。

本書は、一義的には読み物ですが、さらに一歩進んでみたいと興味を持った方が「自分で調べてみる」という次のステップを踏み出せるようにすることも目指しました。それには、参考文献の列挙だけでは不十分であると考え、技術的な資料も付録として掲載しました(*3)。

謝辞

まず、本書の執筆を手厚くサポートしていただいたオーム社開発部の方々に感謝したいと思います(*4)。Subversion を利用しながらTEX ファイルを共有しつつ、Commit 直後に自動的にPDF が完成して状況がわかるシステムは素晴らしかったです。電話やミーティングなどは最小限にとどめつつ、SubversionでCommit されるTEX ファイル内に直接書かれたコメントを活用して会話をするのは、多少サイバーかもしれませんが、なかなか心地の良いものでした。

システムだけではなく、文書の構成や内容、全体のトーンや読みやすさに関してまで時間をかけてコメントをいただけたことで、今まで書いた文章の中で最も高い完成度を目指せていると感じています。

本書筆者2名の師である村井純氏、本書を完成させるにあたりさまざまなご意見をいただいた、有賀征爾氏(NTT コミュニケーションズ株式会社)、石田慶樹氏(日本インターネットエクスチェンジ株式会社)、榎並嗣智氏(ソニー株式会社)、尾上淳氏(ソニー株式会社)、小俣修一氏(アカマイ・テクノロジーズ合同会社)、鈴木常彦氏(中京大学)、長健二朗氏(IIJ 技術研究所)、田原裕市郎氏(KDDI 株式会社)、中村修氏(慶應義塾大学)、新村信氏(アカマイ・テクノロジーズ合同会社)、浜田泰幸氏(NTT コミュニケーションズ株式会社)、福智道一氏(BBIX 株式会社)、堀場勝広氏(慶應義塾大学)、民田雅人氏(株式会社日本レジストリサービス)に感謝致します(アイウエオ順です)。

みなさま、ありがとうございました。専門的な見地からのご感想をいただけたことによって、多くの間違いを修正できたと思います。 個人サイトでの執筆した文書へのフィードバックや、Twitter 上でのやり取りからも多くのヒントをいただいています。ひらめきやヒントをいただいたさまざまなネットユーザの方々にお礼を申し上げたいと思います。

2011年6月
著者記す

(*1) この言葉は「The “robust yet fragile” nature of the Internet[1]」という論文から発想を得ています。論文はグラフ理論の視点から見た際のインターネットの構造特徴を端的に述べた言葉ですが、本書で扱うニュアンスは論文で使われる”robust yet fragile” とは異なっています。本書はコード、運用、政治などさまざまな側面でインターネットが”robust yet fragile” であるという視点です。

(*2) 文章のテンポを維持するために細かい情報の多くを、このような「脚注」として表現しています。誤解を受けやすい部分の補足や、さらに深く知るための追加情報を記述するために利用しています。脚注に関しては、余裕があれば見るぐらいでもかまいません。

(*3) 技術的な内容を「付録」にするという表現方法を採用した表向きの理由は「理解の手助け」ですが、実際はこの「付録」のような技術書を書こうと思っていたら徐々に読み物風に執筆する方向へと変化したという経緯もあったりします。技術的な部分はどうしても読みにくくなってしまうので、それを付録として巻末にまとめることになりました。

(*4) 当初半年ぐらいで書き上げる予定でしたが、結局1年半以上もかかり、度重なる原稿遅れに対しても粘り強く待っていただけたことにいっそうの感謝を示したいと思います。