アテンションエコノミーに飲み込まれる紙の書籍

2017/1/17-1

「電子書籍vs紙の書籍」が一部界隈で話題です。数年前から定期的に盛り上がるネタですが、今回は著者が「1週間以内に本屋で買ってくれないと重版されない」という呼びかけをしたり、買うなら電子書籍よりも紙版を購入して欲しいと呼びかけることがあるという点がフォーカスされています。

私もつい最近新しい書籍を出したばかりなので、ブログやSNS等で「宜しくお願いします!」と呼びかけたりしましたが、「いますぐ買ってほしい」とか「買ってくれないと重版されない」といったことは言いませんでした。 最近の私の本は、紙の本が発売されるのと同じぐらいのタイミングで電子書籍が発売開始されます。個人的には、紙版でも電子版でも、どちらでも読者が読みやすい方を選んでいただければと考えています。

そもそも、私のまわりでIT系の技術書を書いている人で「買ってくれないと重版されない」という呼びかけをしている人を見たことがありません。

IT系の技術書を書く人の多くは、別の本業を持っていて、書籍執筆は本業を行いながらということも多いので、重版になるかどうかで生活が大きく変わるかどうかとか、何らかの連載打ち切りがかかっているわけではないという事情もありそうです。ということで、「書籍のジャンルに依存しそうだなぁ」と思いながら今回の話題を見ていました。

しかし、今回の話題を考えていくと、実は紙版の本も「著者が自分でできる宣伝」という視点で見ると電子書籍と変わらないのかもとと思いはじめました。

アテンションエコノミーに飲み込まれる紙の書籍

個人的に今回の話題の大きなポイントだと思ったのが、著者による悲痛な叫び(断末魔)と、著者が購入タイミングを指定しているという点です。

そういったことが発生するのは、電子であれ紙であれ、「書籍」というものが売れるか売れないのかを大きく左右する要素として「インターネット」が存在しているのかも知れません。

数年前から「アテンションエコノミー」ということが言われています。コンテンツが凄い勢いで増える一方で、人々の「注目(アンテンション)」は有限であり、アテンションこそが大事になってくるという主張です。

これまで、私は6冊のIT系技術書に関わっています。監訳1(RTP本)、共著2(インターネットのカタチ、OpenFlow本)、単著3(ポートとソケット本、アカマイ本、Linuxネットワークプログラミング)です。それらの本は、インターネット上でアテンションが得られた時に売れているという傾向があります。たとえば、誰かがブログで言及してくれたり、何らかの雑誌で紹介されたり、オンラインメディアで紹介されたり、Amazonなどの売り上げランキングで上位になったり、といったときです。

電子書籍には、紙の本と違って「書店の棚」が存在しません。代わりにあるのが売り上げランキングです。売り上げランキングは、ある特定の単位時間内に多く売れた書籍が上位表示されるため、発売直後などに集中して売れた時にしか「棚」に並んでないような状態になってしまうのです。

しかし、最近では紙の本のための「棚」と電子書籍の「棚」に大きな違いがなくなるような状況も増えてそうです。IT系の技術書に関して言えば「書店の棚」が激減しています。5年前と比べても、IT系の技術書に割かれる「棚」が減っています。「棚」が減ると、同じジャンルの書籍同士での「棚」をめぐる競争は、より激しくなります。

そのため、IT系技術書(紙版)の宣伝も、電子書籍同様にインターネットにおける「アテンション」に依存しがちです。 著者が直接できるのって、ネットに投稿するぐらいしかない場合が多いんですよね。 IT系技術書がテレビなどで紹介される可能性もゼロに近いですし。 出版社からの献本(見本誌送付)に関しても、最終的にブログやSNSでの投稿してもらえれば嬉しいという発想だったりもします。

今回、「1週間以内に本屋で買ってくれないと重版されない」が話題になっているのは、まさに「アテンション」を著者が得るための手法として、断末魔の叫びというネガティブな方法を使ってしまう場合があるということなのかも知れません。 瞬間最大風速が得られたときにしか、「棚」に並んでいないような状態になってしまうため、著者としては何とかして「棚」に並ぶようになってほしいのです。 内容がポジティブであろうがネガティブであろうが、「アテンション」を得られることで「棚」に並ぶので、結果として部数は増える可能性はありそうです。

電子書籍と紙は対立するものではない

なお、紙と電子書籍の印税率の違いなどの話題に関しては、これまで各所で何周も繰り返されているので割愛します。

2014年発売のアカマイ本(角川Epub選書)は紙版よりも電子書籍の方が売り上げ部数が極端に多いので、出版社の戦略によっても変わってくるというのが最近の感想です。

書店の棚に関しても、既存店舗の「棚」に置いていただけるように出版社の営業の方々が努力していただけているからこそ、読者に届いている紙版書籍が多いです。自分が著者になるまでは、あまり考えたこともなかったのですが、ネットのランキングとは関係なく紙版の本が売れることも多いのです。Amazonランキングを見たり、Googleで検索するだけでは著者が売り上げ部数を直接実感しにくいだけという場合もあるという感想も持っています。

今の私の立場としては、「紙か電子書籍のどちらか」ではなく「両方」なのです。 著者としての私の考えは、紙と電子書籍は対立するものではないのです。

最後に宣伝

折角なので、2ヶ月前に発売開始した新著を宣伝させてください。

インターネットの仕組みや、通信を行うプログラムが裏側で何をしているのか、各家庭で動いているルータが何をしているのか、Webブラウザが何をしているのか、大規模なWebサービスの裏がどういった仕組みになっているのか、などに関する紹介をしている本です。

IT系技術書のリアル書店での棚は全体としては減っていますが、おかげさまで今回のポートとソケット本は、まだ棚に置いていただけていて、書店での売り上げは好調だそうです。ありがとうございます!

電子書籍も複数のプラットフォームで発売中なので、是非ごらんください!

目次は、こちらをご覧ください。








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