国際規則でインターネットを規制する試み - WCIT/ITRs

2012/8/23-1

国際規則によってインターネットを規制しようという動きがあります。 最近いきなり湧いて来た話ではありませんし、議論の過程の一部などの様々な情報も公開されています。 また、議論に参加している各国間での調整によって大枠だけの内容になる可能性も高いのではないかと一部で言われているので、陰謀論的に解釈すべき話ではないと思います。

とはいえ、これまでとは違い、インターネットそのものに関する国際的な合意文書化策定が試みられています。

追記

WCIT-12の結果については以下のインタビュー記事をご覧下さい。

WCITでITRsが変更される話

International Telecommunication Regulations(ITRs/国際電気通信規則)は、国際的な電話網における規制を規定した通信の国際規則です。

ITRsは、1988年にITU(International Telecommunication Union)によるWorld Administrative Telegraph and Telephone Conference(WATTC-88)で規定されて以来、変更されていませんでした。 しかし、2012年12月にドバイで開催されるWCITという国際会議で、ITRsの改訂が行われます。 WCIT(ウィキットと発音)が開催されるのは、ITRsを改訂するためにはWCITを開催しなければならないと決まっているためです。

今回の改訂は、電話通信に特化している現在のITRsに対して、インターネットも規制対象とするように変更するというものです。 しかも、単にインターネットを含むだけではなく、様々な国家の思惑によって新たな規制を世界的に作ろうという動きもあるため、各方面から警戒されています。

ISOC(Internet Society)に、WCIT/ITRsの専用ページがあるので、詳細はそちらをご覧下さい。

今年の6月に行われたJPOPM22(第22回JPNICポリシーミーティング)でのJPNIC前村氏による発表資料も非常に参考になります。

ITRsに対して、逐条的に条文を入れるかどうかを決めて行くのが12月のWCITであり、そこで議決するためにどういった提案を会合に出すのかのdraft作成を理事会作業部会で行っているのが現状です。

なお、注意が必要なのは、今回の件は恐らくITUが主導しているというよりも、ITUを「場」として各国の思惑がぶつかっているという状況だろうと思うところです。 「ITU(広義では国連)が国際規則を作ろうとしている」というよりも、「ITUで国際規則改訂が試みられている」という感じかも知れないです。 今回の件に関しては、ITUは事務局っぽいイメージです。 とはいえ、以前IPv6管理をITUが取りに行くような動きを見せたこともあるので(参考)、今後どのように展開するのかはよくわかりません。

特長的なのがロシア

WCIT/ITRsでの議論を見ると、規制を増やしたい改正派と、大枠に留めようとする現状維持派に別れているように見えます。

現状維持派は、米国、欧州CEPT、ISOCなどです。 日本は文言そのものの提案は行っていませんが、他国が行っている提案に対して現状維持の方向性での意見を述べています。

一方、改正派の急先鋒はロシアのように見えます。 WCIT/ITRsの議論で最も多くの変更を要求しているのがロシアのように見えます。 ロシアの提案に賛成もしくは類似の提案を行っているという立場が多いのが、アラブ系の国々(資料中ではArab States)です。

中国もセキュリティが関連する提案でいくつか意見を述べていますが、ロシアほど目立って多くの提案をしているようには見えません。 中国とインドは日本とともにアジア太平洋地域のAPTで議論を行ったうえでWCIT/ITRs案の議論に参加しているので、中国による直接的な提案が抑えられているという意見もあるようです(APTも現状維持派です)。

ITUによる公式サイト

現在、どのような議論が行われているのかは公開されており、誰でも見ることができるようになっています。 元々は、ITUのセクタメンバーのみがアクセスできるドキュメントになっており、一般に対しては非公開だったのですが、各種組織からの突き上げがあり、公開されたようです。

さらに、ネット経由でWCIT/ITRsに対して意見表明を行うことも可能になっています。

WCITLeaks.org

ITUの公式サイトで公開されているWCIT/ITRs文書は、基本的に原案のみです。 そのため、どの国がどういった変更を提案しているのかなどに関しては基本的に非公開扱いです。

しかし、さらに詳しい情報がwcitleaksというサイトで公開されています。 wikileaksに絡めて、WCIT(ウィキット)leaksとなっているのが、イカニモな雰囲気です。 これは非公式なもののようですが、どの国がどの提案をしていて、どの国がどいった反対をしているのかが露骨に書かれた文書もそのまま公開されています。

議論の一部

以下、WICTLeaksに公開されている「CWG-WCIT12 TEMPORARY DOCUMENT 62 Rev.2」からいくつか興味深い部分を紹介しようと思います。

ドキュメントの最初にも書いてありますが、NOC(変更無し)、MOD(変更)、ADD(追加)、SUP(削除)という意味があり、左側が条文の案、右側が提案の理由や案に対するコメントとなっています。 ここで紹介するもの以外にも色々とあるので、興味のある方々は各自でご覧頂ければと思います。

ITRのスコープに関して

p.24, Article I Purpose and Scope of the Regulationsの1.3に対する変更オプション2(Option 2, MOD2)。提案はRussian Federation。

The scope may be all existing, emerging, and future telecommunication facilities and services.

既存の通信設備やサービス、及び未来の通信設備やサービスにITRを拡大するように要求しています。 これまでは、電話のみが対象だったのを、「通信」という大枠全てを対象に変更するような内容です。 米国とCEPTが、この案に反対しています。

ITRのスコープ拡張は、他の条文でも提案されています。 たとえば、p.84, 3.2-CONTINUEDで「Member states(要は国)」が自国内にある「operating agencies(要はISP等)」が「international telecommunications/ICTs(要はITRs等)」の要求に合致した環境を整えるように責任を持つように変更するという提案があります。 米国を含むいくつかの構成員が反対はしていますが、これが実現すると各国が自国内にある通信事業者の設備やサービスをコントロールする根拠となる国際規則になる可能性があると思われます。

セキュリティも対象に?

p.24, Article I Purpose and Scope of the Regulationsの1.3に対する変更オプション3(Option 3, MOD3)。 提案はRussian Federation、Algeria、Arab States、Africa。

as well as the efficiency, usefulness, and availability and securityto the public of international telecommunication services.

上記案では、「セキュリティ」も要素として追加するように提案しています。 「セキュリティ」が何を意味するのかを考えると、国家存続のための情報統制等も「セキュリティ」に含まれる可能性があり、「セキュリティ」という切り口で事実上ネット検閲を実現しやすくする文言追加になりそうだと思いました。

これに対して、米国は「The United States does not support this proposal.」とだけ書いてあり、反対しています。

他にも、様々な条文で「セキュリティ」に関連する提案が行われています。 「セキュリティ」もWCIT/ITRsにおける非常に大きなポイントだと思われます。

Skype等の禁止に繋がる?

p.64-65, Article I Purpose and Scope of the Regulationsに対して「2.16 Fraud」を追加する提案(Option 1, ADD1)。 提案は、Pacific Islands, SG3RG-AFR, UAE, Arab States。

Fraud: use of any telecommunications facilities or services with the intention of avoiding payment, without correct payment, with no payment at all, by making someone else pay, or by using a wrongful or criminal deception in order to obtain a financial or personal gain from the use of those facilities or services.

支払いを回避する意図を持って何らかの設備やサービスを使うのがアウトとなると、Skypeが禁止という話にもなりそうな気がしました。

国が経路を知る権利?

p.87, Article 3 International Networkの3.3に対する変更オプション4 (Option 4, MOD3)。提案はArab States。

A Member State has the right to know how its traffic is routed.

現在のインターネットにおけるBGP運用を真っ向から否定するような内容とも解釈可能です。 この提案に対して、米国が「The US does not support this proposal.」としつつ、企業が状況に応じて経路を選択する自由が制限されて競争を阻害するなど、その理由を説明しています。

ここ以外にも、様々な部分でトラフィックの経路が話題となっていますが、どのような経路でパケットが転送されるのかを知る権利や制御する権利を主張している国々は大体同じような感じです。

各国家における法

p.93-p.94あたり。新しく3.5を追加。Arab Statesなどが追加を提案。

「national law」という単語を含む条文の追加が提案されています。 各国における法律を遵守するように求めるものですが、ネット検閲を行うことが法律として明記されている場合には、それに従うという意味を持ちます。

3.5に関しては、ISOCがNOC(変更せず)を提案しています。

番号管理機能の統括

p.104。Russian Federationがインターネットにおける番号管理の統括を提案していますが、具体的な内容はまだ記載されていません。 ICANNにおけるIANA機能をITUが取り上げるような内容が想定されているようにも読めます。

米国、CEPT、ISOCなどが反対っぽい意見を述べつつも、具体的な内容が公表されるまで態度を保留するという形になっているようです。

サイバー攻撃や犯罪

p.174。Russian Federationがインターネットにおけるサイバー攻撃や犯罪に関して規定した8.2を追加することを提案していますが、具体的な文言はまだ記載されていません。

それに対するコメントが「The United States reserves its right to comment on specific text once provided.」とあるのが印象的です。 まだ文言は記載されていないけど微妙と思えるような内容に対して、同様のコメントが行われています。

テレコミュニケーションセキュリティ、個人情報、ローミング、オンライン児童保護に関する新しい規定

p.77。Russian Federationがテレコミュニケーションセキュリティ、個人情報、ローミング、オンライン児童保護に関する新しい規定を提案しています。 具体的な文言は、まだ記載されていません。

匿名性の排除

p.175。Russian Federationがトラフィックや呼の発信元を識別できない現状に関して言及する文言を追加する8.4を追加することを提案していますが、具体的な文言はまだ記載されていません。

スパム対応

スパム対応もいくつかの箇所で議論になっています。 PDF文書内で「spam」という単語で検索すると非常に多いのがわかります。

国際的に拘束力が発生する国際規則としてspam対応が規制に含まれてしまうと、spamという名目で色々なものが制限できてしまう可能性があるので、これもかなり大きなポイントだろうと思います。

Quality of Service

p.82, Option 6 MOD6に、以下のようなQoS関連提案があります。

Member States shall facilitate the development of international IP interconnections providing both best effort delivery and end to end quality of service delivery.

この部分を見ると、Best effortとend-to-end quality of serviceの両方を提供すべき、という変更提案です。

総務省による説明

日本代表として、WCIT/ITRの議論に参加しているのは、総務省情報通信国際戦略局国際政策課です。 日本政府としてのスタンスは、2012年5月2日に発表された日英共同声明、「インターネット政策課題に関する共同声明」を見るのが良いと思います。

そこには以下のように書かれています。 何となく漠然と書いてあるようでいて、実は方向性がはっきりと書いてある印象です。 日本にいると「当たり前のことが書いてあるだけだ」と思ってしまうかも知れませんが、WCIT/ITRの改訂原案を見ると、こういうのって大事だなぁと感じてしまいます。

川端達夫総務大臣及びジェレミー・ハント文化・オリンピック・メディア・スポーツ大臣(以下「双方」という。)は、本日ロンドンにて会談した。双方は、2012年4月10日に発表された日英両国首相による共同声明においてサイバー空間に関する二国間の議論を強化する意図が確認されたことを受け、双方は議論し、インターネットが民主化プロセスを進めるための有益な力となるものであり、継続的な経済成長やイノベーションの基盤的な役割を果たしていると認識した。このため、双方は、こうしたインターネットの役割や価値が最大限発揮されることが重要であることを認識し、以下の方針に従って取り組むことを確認した。
(a) インターネットによる経済成長、イノベーション及び社会発展への貢献を維持するためには、インターネットガバナンスについて、政府、企業、市民社会がそれぞれの役割を果たすマルチステークホルダーアプローチが最善の方法であることを再確認すること
(b) サービス、コンテンツ、アプリケーションといった多様な情報が国境を越えて流通するインターネットから最大限の便益をユーザーが享受できるよう、インターネット政策が、国際レベルで首尾一貫性があり、整合的であることを確保するよう努力すること
(c) インターネット及びサイバー政策に関する今後の国際的な会合において、国民及び企業の双方がインターネットを利用する際に、現在の情報の自由な流通を享受し続けることができるよう国際的なコンセンサスを実現するために相互に協力すること
(d) 2011年11月のサイバー空間に関するロンドン会議の結論を前進させるたえに国際的に協力すること

7月に行われたAPrIGF(Asia-Pacific Regional Internet Governance Forum)で、総務省の海野氏によってWCIT/ITRに関する発表がされています。 アーカイブがUstreamで公開されているので(映像17:50ぐらいから)、この話題の大枠と現場での雰囲気に興味があるかたは、是非ご覧下さい。

9月12日に、WCIT-12に関する説明会が総務省で開催されるようです。

最後に

「報道されている内容は煽り過ぎで、単に古過ぎる規制を現状に合うように改訂するだけだ」という意見もありますが、個人的には際どい内容も提案内に含まれているように思えました。 最終的に合意される内容は、議論を経て無難なものになるのかも知れません。 ITUの伝統は投票ではなく、コンセンサスに到達することであるという話もあるようですし。

ただ、規制したい国家と規制を最小限に留めたい国家の「数」を純粋に比較したら、実は規制をしたい国家の方が多い可能性も感じており、賛否が分かれる案を決める際に「コンセンサス」ではなく「投票」が行われたらどうなるのだろうとか思ったりもしています。

各国家の代表が集まってインターネット規制を含む国際規則を作っているというのは、インターネットの今後に対して大きな意味を持つイベントなのかも知れないと思う今日この頃です。

さて、12月にどうなるんですかね。。。

追記

9月13日:総務省「WCIT-12に関する説明会」参加メモ

12月3日:「国連がインターネットを規制する」と話題のWCIT-12開始

最近のエントリ

過去記事

過去記事一覧

IPv6基礎検定

YouTubeチャンネルやってます!