まだまだ伸びる光通信技術

2011/7/8-1
この記事は、Software Design 2011年3月号に掲載された「第11回 近未来インターネット技術妄想論」に掲載された内容です。 編集部の許可を得た上で一部変更して全文掲載しています。

光ファイバの通信容量は日々進化しています。 現在のインターネットは、光ファイバ網の上に構築されており、光ファイバそのものを利用した通信技術の最新動向は、インターネットの将来を推測するうえで重要な要素の一つとなり得ます。

昨年NTTが1本の光ファイバで69.1Tbpsという世界記録を作りましたが、まだまだ世界記録は伸びそうです。 今回は、このような研究分野での最新状況を構成する背景と最近のトレンドを紹介します。

なお、今回紹介する内容は研究レベルの話が多く、実運用レベルの製品が出るまでにはまだまだ時間がかかります。 また、基本的にシングルモードファイバでの話題ばかりであり、マルチモードファイバとは別なのでご注意下さい。

インターネットバックボーン用製品の通信容量が頭打ち

この連載の第5回では、製品レベルでの通信容量が頭打ちになってしまっているのでビデオトラフィック増大にインターネットが耐えきれなくなっていくのではないかという話を紹介しました。 そこでは、例として現時点でのインターネットバックボーンには「10Gbpsの壁」が依然として存在しており、その次となる40ギガビットイーサネットや100ギガビットイーサネットが標準化するのに約5年かかったことを述べました。

さらに、100ギガビットイーサネットの次となる標準技術が提案されておらず、さらに「速い(通信容量が大きい)」通信技術が登場するには時間がかかりそうであると書きました。

しかし、第5回では同時に、それは技術そのものの話ではなく研究レベルではさらに広帯域な通信技術が存在するとも書きました。 ただ、単に「研究レベルではもっと凄い」と言われてもピンと来ないと思うので、具体的な話を紹介していこうと思います。

ただし、40GbEと100GbEの標準化に時間がかかったのは40GbE企画で揉めていたことや、それまではSONET/SDHの後追いだったイーサネットがついにそれらを追い抜いたことで、未知の領域での標準化だった点も挙げられそうです。 そのため、「100GbEの次」も100GbEの時のような時間がかかるとは限らないのでご注意下さい。さらに、現時点では100Gbps粒度の拡張よりも10Gbps粒度での拡張に対するニーズが多いため、一気に100GbEまでのアップグレードがすぐに必要な事業者は一部であると同時に100GbE機器が依然高価であるため、「100GbEってマーケットが立ち上がるのに時間かかるんじゃない?」という意見もあります。

技術としての通信容量はグングン伸びています

研究室レベルでは、光ファイバを利用した通信容量が劇的に上昇し続けています。 まずは、通信容量の世界記録を見て行きましょう。

(表1: 1本の光ファイバを利用した通信容量の世界記録)
容量組織仕組み変調技術発表学会
2001年10.9TbpsNEC20Gbps x 273波長 x 2(PDM)NRZOFC
2006年14TbpsNTT111Gbps x 70波長 x 2(PDM)DQPSKECOC
2007年25.6TbpsBell研85.4Gbps x 160波長 x 2(PDM)DQPSKOFC
2009年32TbpsAT&T/NEC57Gbps x 320波長 x 2(PDM)8AMOFC
2010年69.1TbpsNTT171Gbps x 472波長 x 2(PDM)16QAMOFC
(*) http://www.nec.co.jp/press/en/0103/2201.html
NEC SETS NEW10.9 TERABIT/SECOND, ULTRA-DENSE WDM TRANSMISSION CAPACITY WORLD RECORD

(*) http://www.ntt.co.jp/news/news06e/0609/060929a.html
14 Tbps over a Single Optical Fiber: Successful Demonstration of World's Largest Capacity - 140 digital high-definition movies transmitted in one second -

(*) http://www.engadget.com/2007/03/29/alcatel-lucent-blows-past-data-transmission-record-25-6tbps/
Alcatel-Lucent blows past data transmission record: 25.6Tbps

(*) http://www.ntt.co.jp/news2010/1003/100325a.html
光ファイバ1本で世界最大容量69テラビット伝送に成功

この表を見ると、2006年以降劇的に増加しているのがわかります。 今回は、ここ数年、リンクとしての光ファイバの通信容量増加の要因を紹介していきます。

基礎的な部分から解説

この連載はSoftware Designの中でもかなり浮いていますが、今回はおもいっきり物理的な話になるので、より一層浮いてます。

今回は、光ファイバでの通信容量広帯域化の説明をするために、あえて、基礎的な部分から解説するので多少教科書的になってしまいますが、ご容赦頂ければ幸いです。 仕組みそのものの話は、光ファイバに限定したものではなく、無線や銅線では良く使われている物も一部含んでいるため、大学の授業で既に習った方々も多いかも知れません。

光ファイバで利用される波長の話

まず、最初に光そのものに関して紹介します。

当然のことではありますが、光ファイバの中を通るのは光です。 しかし、長距離伝送の光通信で一般的に利用される光は可視光ではなく、伝送ロスが小さく長距離伝送に向いた1530nm〜1625nm波長の赤外線です。

これらの波長は、Oバンド、Eバンド、Sバンド、Cバンド、Lバンドの5つに区分されています。

バンド名バンド名の由来波長
OバンドOriginal1260〜1360nm
EバンドExtended1360〜1460nm
SバンドShort Wavelengths1460〜1530nm
CバンドConventional1530〜1565nm
LバンドLong Wavelengths1565〜1625nm

このうち、シングルモードファイバによる実運用ネットワークで最も利用されているのがOバンドの1310nmと、Cバンドの1550nmです。 たとえば、10ギガイーサネットでは、10GBase-LRと10GBase-LWが1310nm波長を利用し、10GBase-ERと10GBase-EWが1550nm波長を利用しています。

この二つの波長が利用されるのには、それぞれ理由があります。 まず、1550nmは最も伝送ロスが小さいため、長距離伝送で利用されます。

1310nm帯は、変調により周波数(波長)軸で広がることにより波形が劣化する波長分散が発生しない「ゼロ分散波長」に近いため、分散補償を行う必要がありません。 この波長分散は、変調によって周波数軸で広がった光信号の長波長側と短波長側で光の速度が異なるため、光信号自体が時間軸上で広がりをもって波形が劣化する現象です。 通常のシングルモードファイバを用いる場合、1550nm帯では波長分散が17ps/km/nm程度あります。

波長多重技術(WDM: Wavelength Division Multiplex)

光ファイバの通信容量を増やすために非常に良く利用されるのが、1本の光ファイバに複数の波長を同時に送れる波長多重技術(以後、WDM)です。 これによって敷設された1本の光ファイバを仮想的に複数の回線のように使えるようになりました。

実際には違いますが、WDMに関して理解を促すために「虹」をアナロジーとして使うことが多いです。 「虹の7色を一本の光ファイバに突っ込んで、出口側でプリズムを置いて色毎に分けて処理するようなイメージです」といったニュアンスです。 WDMを利用した伝送部分が図中で虹色の線で表現されることもあります。

(*) 多くの波長を同時に送るWDMは、高密度波長多重技術(DWDM, Dense Wavelength Division Multiplex)と呼ばれています。

WDM技術を用いるとき、各光の波長は互いに干渉しませんが、光ファイバを通過した信号は波形が劣化するため、多重化する光信号が重ならないように間隔(Δλ)を空けて各波長を送らなければなりません。

製品によって仕様は異なりますが、Cバンドでは以下の表のような間隔が一般的となっているようです。

バンド名100GHz間隔50GHz間隔25GHz間隔
Cバンド40チャンネル80チャンネル160チャンネル
Lバンド40チャンネル80チャンネル160チャンネル

1000波長以上を6.25GHz間隔で

では、1本の光ファイバにどれぐらいの波を同時に送れるのでしょうか?

たとえば、Cバンドに511波、Lバンドに535波、合計1046波を6.25GHz間隔で詰め込んだという論文が2005年に発表されています。 このとき、各波で2.67Gbpsが120km送られました。


(*) H.Takara, T.Ohara, T.Yamamoto, H.Masuda, M.Abe, H.Takahashi, T.Morioka, "Field demonstration of over 1000-channel DWDM transmission with supercontinuummulti-carrier source", ELECTRONICS LETTERS, Mar 2005, Vol.41 No.5

このように、1本の光ファイバに1000波長以上を詰め込むことが可能です。 ただし、現時点で最も普及している商用WDM装置で1本の光ファイバに詰め込める波長数は、そこまで多いわけではありません(32前後が多いと思われます)。 たとえば、GoogleやKDDIが出資した太平洋横断の日米間光海底ケーブルで「Unity」での波長数は96です。

1000波以上を1本の光ファイバに詰め込むような規格がITU-Tで規格化されていないため、部品が流通していないことや、作成コストがWDM装置価格が反映されたときに新しい回線を1本契約してしまった方が安価に済んでしまうと装置としての市場競争力が出ないのでニーズが無いという側面もありそうです。

偏波多重技術

同じ波長で複数の光を同時に送る技術として「偏波多重技術(PDM, Polarization Division Multiplexing)」があります。 光は振動しながら光ファイバの中を進みますが、その振動の向きは「偏波(へんぱ)」と呼ばれます。

水平方向に振動しながら光ファイバ内を進んで行く水平偏波と、垂直方向の垂直偏波の二つは、同一の光ファイバ内で混信せずに送ることができます。

全く同じ周波数で、この二つを同時に使うことで、送信可能な波の数を倍にできます。

多値変調技術

通信を行うには、光、電気、無線などのアナログ信号をデジタルに変換して物理的に送る必要があります。 それには、特定のアナログ信号を0と1のデジタル信号として扱いますが、何を0や1とするかにも様々な方式があります。

最も単純な方法としてはOOK(On-Off Keying)があります。 これは、たとえば、アナログ信号が流れているか流れていないかなどの「オフ」と「オン」で0と1にマッピングするという方法です。 0と1を表現する符号化方式にNRZ(Non Return to Zero)やRZ(Return to Zero)などの方式が あり、2001年の世界記録はNRZ方式を利用しています。 一般的に、OOKは故障やノイズと正常動作を見分けにくいという問題点があります。

流れているアナログ信号の位相によって判断を行う位相偏移変調PSK(Parse Shift Keying)という方式もあります。 そのうち、0と1のバイナリ値を表現するのがBPSK(Binary Pharse Shift Keying)です。 これは、流れている信号の位相を180°ずらした二つの信号を0と1へとマッピングするというものです。

BPSKは、180°ずらした二つの信号を利用していますが、90°ずらした4つの信号を利用するのがQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)です。 QPSKでは、一つのシンボルで表現出来るパターンが4パターンになります。

その4つのパターンは、2ビットの表現にマッビングすることができます。 たとえば、通常の波形に00、90°進んでいる波形に01、180°進んでいる波形に10、270°進んでいる波形に11を割り当てるといった感じになります。 以下の図は、90°、180°、270°進んだ波形を示しています(点線部分は0°の基本波形です)。

QPSKは、基本となる波形との差分でビットを表現しますが、その応用としてDPSK(Differential Quadrature Phase Shift Keying)があります。 DQPSKは、直前のシンボルとの差分で情報を伝えます。 たとえば、直前のシンボルと同じものは00、90°進んだものは01、180°進んだものは10、270°進んだものは11といった具合にシンボルの差分に対して2ビットが表現されます。

2006年と2007年の世界記録は、このDQPSKを利用しています。

GbpsとGsps

ここで、GbpsとGspsに関して説明をしておきます。

変調技術を利用せずに1と0だけを表現しているときには、1シンボルが1ビットであり、bps(bits per second)とsps(simbols per second)は全く同じ値になっていましたが、変調技術を利用すると一つのシンボルが複数のビットを表現するようになります。

たとえば、PDM-QPSK方式で100Gを実現する場合、PDMで垂直偏波と水平偏波がそれぞれ25Gspsの情報を運び、さらにQPSKで1シンボルが2ビット(4パターン)になるので50Gbpsずつとなります。 その50Gbpsずつの垂直偏波と水平偏波を合計すると100Gbpsになるというわけです。

直角位相振幅変調(QAM, Quadrature Amplitude Modulation)

位相変調に加えて、振幅変調を行うことで1シンボルあたりのビット数をさらに増やすことができます。 このような技術は、QAM変調と呼ばれています。

たとえば、先ほど説明したQPSKでは4種類の位相変更によって2ビットを表現しています。 それに対して、さらに4種類の振幅のバリエーションを加えれば、16種類の表現が1シンボルで可能になります。

16種類の表現をビットとして割り当てると4ビットとなります。 これが、1シンボルで4ビットを表現できる16 QAMです。

QAMには、8 QAM、16 QAM、32 QAM、64 QAM、128 QAM、256 QAMがあり、光ファイバ以外のところでは既に色々と利用されています。 たとえば、256 QAMはアメリカのケーブルテレビで利用されており「ANSI/SCTE 07 2000」に規定されています。

ここ数年の世界記録連発は変調技術ブレークスルーによる

表1を見ると、2001年で止まっていた世界記録が、2006年以降次々に更新されています。

ここでもう一度それらの中身を見てみると、2006年と2007年の世界記録はDQPSKを利用しています。 2009年は8 QAM、2010年は16 QAMを利用したものが世界記録となっています。 このように、最近の世界記録は送られるシンボル数を増えたわけではなく、変調技術が利用可能となったことが大きく影響しています。

光ファイバで位相変調方式を使うコヒーレント光通信方式は、2006年以前から長らく研究されていましたが、受信機が難しく実現できていませんでした。 しかし、東京大学の菊池和朗教授によってデジタルシグナルプロセッシングを使う方式が提案されて実用化されたことで一気に研究が進んだという背景があります。

(*) S.Tsukamoto, D.-S.Ly-Gagnon, K.Katoh, K.Kikuchi, "Coherent demodulation of 40-Gbit/s polarization-multiplexed QPSK signals with 16-GHz spacing after 200-km transmission", Optical Fiber Communication Conference, 2005 Technical Digest OFC/NFOEC, March 2005

K.Kikuchi, S.Tsukamoto, "Evaluation of Sensitivity of the Digital Coherent Receiver", Journal of Lightwave Technology, July 2008, Volume 26 Issue 13, page 1817-1822

256 QAM

2010年2月に256 QAMを利用して5.4GHzの範囲で64Gbpsの容量を実現し、160kmの伝送に成功したという論文が発表されました。 256 QAMでは、1シンボルで256パターン、8ビットが表現可能であるため、これが一般的に利用されるようになれば、より一層多くの情報を1本の光ファイバで送れるようになります。


(*) M.Nakazawa, S.Okamoto, T.Omiya, K.Kasai, M.Yoshida, "256 QAM (64 Gbit/s) coherent optical transmission over 160 km with an optical bandwidth of 5.4 GHz", IEEE Photonics Technology Letters, Feb 2010, Volume 22, Issue 3, pages 185 - 187

最後に

このように、光ファイバを利用した通信容量は、ここ数年急激に広帯域化しています。 さらに、この勢いは、まだしばらく続きそうです。 しかし、通信容量世界記録更新がここ数年続いているのは送られるシンボルそのものの密度が上昇したわけではなく、受信機に関するブレークスルーによって1シンボルで複数のビットを表現できるようになったことが原因であるというのは非常に面白いです。

すぐにというわけではないかも知れませんが、この発展はいつか商用の製品にも反映されるものと思われます。 現時点でインターネットで利用される商用ネットワーク製品としては最速の100ギガビットイーサネットよりも広帯域な通信機器が標準化されるとすれば、恐らくこれらの技術が利用されるのではないでしょうか。

既に2010年の時点で、400ギガイーサネット(100GBASE-LR16)の提案や1Tbpsシステムの話題も登場しています。 しかし、それらのシステムを実現するには、今はまだ実現できていない超高速な処理が可能な回路実装技術が必要とされています。 さらに、1Tbpsシステムを実現するために、光信号と電気信号との双方向変換を行うトランスポンダのために2000Wが必要であるという意見もあり、リンクそのものの性能向上よりも消費電力を抑えた実運用可能なシステムをどうやって実現するかの方が大きな課題とされています。

notice

この原稿は、楽天技術研究所チーフサイエンティスト 兼 東京大学 特任准教授の今泉英明氏の発表資料を基に色々と教えて頂きながら書きました。 ありがとうございます。

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