お呼びであるかないか

2009/8/24-1

お呼びであるかないかが、非常に大きな要素となっていると思う事があります。 これはネット上でも、現実世界でも同じだと思うのですが、ネット上ではシステム構成やネットサービスの設計と密接に関連している要素だと思います。

メーリングリスト

例えば、メーリングリストは「お呼びであるかないか」が大きな要素を持ってしまうコミュニケーションツールかも知れないと思うようになりました。

昔はメーリングリストでのやり取りを多く行っていましたが、最近は非常に減ってしまいました。 その理由を色々考えていたのですが、古くからあるメーリングリストは古参ユーザが多く存在しており、「自分の発言はお呼びではないのかも」と躊躇している自分が居る事に気がつきました。

古参ユーザは気軽に発信できるが、多くのユーザは恐れ多くて発信できないというメールングリストは様々な場所に存在していると思います。 メーリングリストの生存期間が長くなれば長くなるほど、このような傾向があるのかも知れません。

ブログ/Twitter/ソーシャルブックマーク

一方で、ブログやTwitterやソーシャルブックマークなどは「個人が個人の場で発信するもの」です。 Twitterであれば、最低一度は読者側が「読みたい」と意思表明した相手の発言しかTimelineに表れません。

そのため、その人がその場所で発言することに正当性があります。 見る方も「その人」が発信する話を見るために見ている事が多く、逆に他の人がいきなり「その場」で発信を始めたら「何故お前が出て来る」と思う人もいるかも知れません。

非常に不思議なのが、メーリングリストに入っているメンバーとブログを読んでいるメンバーが同じであったとしても、メーリングリストには投稿がし辛くブログには色々書くという状況もあることです。 逆の発想としては、読む側としてブログに書くのはOKでもメーリングリストに出されると「何故こんなメールだすかなぁ?」と怒りが込み上げる場合があります。

これは、発信する方も読む方も「情報が提示される場」や「情報が発信されるコンテキスト」というものを重視しているのだと思います。

「場」に引きずり出される

では、ブログで発信したものは全て「お前は来るな!」的な嫌悪から逃れられるのでしょうか? Twitterは個人のつぶやきでしかないのでしょうか? ソーシャルブックマークは個人のメモでしかないのでしょうか?

残念ながら、それらはそうとも限らないというのが現状ではないでしょうか?

例えば、ブログでの情報発信であれば、ソーシャルブックマークのランキングサイトに掲載されることによって、「そのブログの定期購読者」とは違う層の目へと晒されます。 そこで、晒されたことによって「何でこれがここに出るわけ???」という状況も生まれます。

Twitterにしても、ソーシャルブックマークにしても同様です。 個々の「場」というか「テリトリー」というような場所から引きずり出されることで、「場違い感」が生まれてしまうような気がしています。

最後に

「お呼びであるかどうか」や「場違い感」に関して考えてみましたが、恐らく飲み会やイベントなどのリアルな場においても同様の事は発生します。 「何故そこにいるの?」とか「何故発表してるの?」という状況はありますし、それぞれの「場」において「お呼びじゃないだろうなぁ」と思ってしまう所で前に出るのは辛いものです。

色々な事に対してコンテキストは重要ですが、コンテキストはある程度は誰かがどうにかして産み出した物に乗っかることも多いんだなぁと思う今日この頃です。

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