インターネットによる社会の分裂

2009/10/13-1

インターネットそのものは、世界各地のネットワーク同士を相互に接続する、巨大ネットワークです。 アメリカで発明されたインターネット技術そのものが世界に広がったという事実は、技術の輸出そのものに限定されず、むしろアメリカ文化やアメリカ的価値観の輸出も同時に行われたと最近強く感じるようになってきました。 例えるならば、日本が漫画やアニメの輸出をすることで、結果として日本文化や価値観や考え方を輸出しているのに似ているのでしょうか?

インターネットとともに輸出された、アメリカ気質は日本気質とはかなり異なっており、異文化が混ざり合う事で新しい「何か」が生まれつつあるような気がしています。 ただ、日本気質とアメリカ気質には、かなりの隔たりがあり、その「何か」が生まれる過程として様々な副作用が表面化しているような気がしてなりません。 例えば、現在のネット上での一時的かつ極端な意見の偏りや、炎上騒ぎや、実名匿名議論などが、それではないかと最近考えるようになりました。

そして、恐らくインターネットは社会を変えつつあります。 その変化を起こすキッカケのひとつとして、議論の活性化や、大手メディア以外からの情報入手、大手メディア記事の間違い指摘などがあると思われます。 これらによって、今まで「ひとつ」だと錯覚されていた「日本社会全体の世論」が実は多様な意見を内包していて、一度議論が開始されれば双方歩み寄らずに分裂していく議題も多いのではないかとも妄想しています。

しかし、だからと言って今の変化を否定するわけではありません。 様々な意見が出る事は重要ですし、恐らく変化は不可避だろうと思います。 さらに、変化を拒んでも世界的な動きに逆らって取り残されるだけであり、海外からの「攻撃」や「侵略」に脆弱になるだけだと思われます。

ということで、恐らくネットリテラシや、情報リテラシの全体的な向上は急務だと思うのですが、それらは大きな副作用を生むのではないかとネガティブな妄想が頭を駆け巡ります。

以下、それらに関する説明ですが、全ては私の妄想の範囲内でしかないのでご注意下さい。

アメリカ気質が実装されたのがインターネット

個人的に「アメリカ的価値観の輸出」となっていると感じる部分としては、公開すること、共有すること、議論すること、反発すること、などが挙げられます。

例えば、世界規模である程度開かれた状態で運営されているICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)やIETF(Internet Engineering Task Force)によるインターネット全体の管理や標準化手法は、個人的に非常にアメリカ的だと感じます。 誰かが統治するのではなく「世界中から知識と情熱がある人々が集まっておいで!」という感じです。

IETFなどによる意思決定方法は、1992年にDavid Clark氏が講演で発言した以下の表現が端的に物語っています。

We reject kings, presidents and voting; we believe in rough consensus and running code

さらに、そのために議論をすることが必要であり、公開された場で議論するのは良い事だという雰囲気もあります。 (IETFでの標準化は、実際には非常にドロドロしている部分も多く、議論は表面的になっていて裏で全部決まっているような場合もありますが、まあ、それはそれということで。。。)

反発すること

反発するという思想も、インターネット技術やインターネットインフラ運用の根幹に接する人に根付いていると個人的に考えています。 インターネットを使っていれば、必ずどこかで接しているであろうGNUの名前も「GNU Not Unix」であり、商用UNIXへの反発です。

また、暗号化ソフトPGP(Pretty Good Privacy)を開発したフィリップ・ジマーマン氏(Philip Zimmermann)の事例も象徴的です。 PGP開発当時、アメリカ政府が暗号を武器とみなしていたので、暗号化ソフトをアメリカ国外へ輸出することが禁止されていました。 しかし、表現の自由のために政府が出版物を取り締まれないことに着目し、PGPソースコードを書籍として出版して国外へと輸出しました。

このように「何かに反発する」という文化を、インターネットが輸出される過程において気づかないうちに引き継いでいる気がします。

議論や反発が産み出す「分裂」

このような議論や反発の文化は、個々が自分の立場を明確にすることによって社会内での「分裂」を可視化する効果を持っているのではないかと最近考えるようになりました。

今までは、大手メディアが画一的な情報しか流さなかったため、大きな一つの世論だけが表面化していたように錯覚していたのかも知れません。 しかし、個々の意見や思想が自由に発信されるようになると「均質な国民性って幻想じゃない?」というのが広く伝わるようになってきてそうな気がします。

そして、各自の立場が明確になるにつれて「自分の立ち位置」というものを各自が意識するようになります。 さらに、ネット上では自分にマッチしたコミュニティを選びやすい傾向もあるため、同様の意見を持つ人々が結びつきやすくなります。

人によっては、この現象を「タコツボ化」と呼びます。 趣味や思想が似通った人々がコミュニティを形成しやくすなることは、ITの非常に大きなメリットですが、コミュニティ内部での強固な結びつきは同時に排他性も生みやすくなります。 全てのコミュニティがそうなるとは限りませんが、内向的になってしまったコミュニティは、コミュニティ内部で相互に「わかり合う」ことによって、さらに内向的になる傾向があると思われます。

最初は小さかったコミュニティ(クラスタ)も、時間の経過とともに徐々に巨大化していきます。 途中で成長を止めるコミュニティや、縮小/消滅するコミュニティが存在する一方で、極度に巨大化するコミュニティもありそうです。

極度に巨大化したコミュニティ同士で意見の衝突が発生し、歩み寄りが出来ない状態が長引くと、そこに「社会の分裂」の芽が発生するのではないかと妄想することがあります。 この「分裂」が各所で行われる事によって、地域ではなく思想による社会の分裂が顕著化する気がします。 アメリカでの中絶賛成反対や、同性婚の賛成反対議論のような雰囲気の議論が日本でも活発に行われる日が近づいているような雰囲気を最近感じます。

この「分裂」が発生すると、各陣営同士が自分に有利な状況を造り出すために綱引きを始めることが予想されます。 先日の匿名/ハンドル名/実名議論も立場に応じた「分裂」と「綱引き」の一部なのだろうと思います。

参考:ネットで実名を出せない理由ネットにおける匿名の誹謗中傷を減らすには

漫画児童ポルノ規制にみる分裂と綱引き

思想や意見の分裂は、各所で綱引きを発生させることが予想されます。

例えば、漫画と児童ポルノに関する規制推進派と、その規制が発生することによる副作用の危険性を指摘する人々の溝が一向に埋まらないように見えるのも、実は一種の綱引きだと考えるようになりました。

規制に慎重な考えを求める側の意見としては、実際に被害者が存在する児童ポルノとは違い、漫画の場合は線引きが非常に難しくなることや、技術的な問題点を指摘しています。 例えば、4頭身の棒人間を描いた時に、それが児童ポルノと言われない可能性は極論を言えばゼロとは言えないという話や、単純所持違法化に際して手元のcacheの扱いはどうなるのかという疑問を投げかけています。

一方で、以下のような会話が東京とによる公的な議事録に記載されているのを見ると、規制推進派と反対派で議論がかみ合っているとは到底思えず、互いが意見を交換し合う議論によって歩み寄れるとはあまり思えません。 そもそも議論している視点があまりに違い過ぎています。

「規制に反対するヲタクは認知障害者」(東京都青少年問題協議会)

 酷い漫画の愛好者達はある障害を持っているという認識を主流化していく事は出来ないものか。

 何とか法規制しようとしている人達に対し、漫画家達が凄い数の抗議メールを送ってきたのは、どう考えても暴力だ。法規制の根拠を示す必要も無いぐらいの暴力だ。

 性同一性障害と同じく持って生まれた嗜好だという事で、子供に対する性暴力漫画を好む人達を放免とするのであれば、彼らは認知障害を起こしているという見方を主流化する必要があるのではないか。

 彼らに認知障害があり、暴力的だという事が分かっていれば、証拠が無いのに法規制出来るのかという主張を論破出来る。そうした対策を考えていきたい。

これは非常に極端な例であり、規制推進派の全ての方々がこのような考え方であるとは思いませんし、個人的には児童ポルノそのものは消えてなくなれば良いと感じています。 ただ、線引きが非常に困難な話を感情論で法制化することが良い事とも思えません。

そして、この議論を見ていると「双方の歩み寄りは困難だろうなぁ」というのと「結局はガチンコの綱引きだ」と思ってしまうわけです。 今後は、このように「双方の歩み寄りが期待出来ない問題」に関しての綱引きがネット経由で表面化することが増えると思います。

(話題とは直接は関係ありませんが、参考までに「諸外国における実在しない児童を描写した漫画等のポルノに対する法規制の例」という2008年の調査もあるようです。)

韓国での変化

個人的には、インターネットと地元の国民気質が融合して、非常に極端な「何か」が発生している国として韓国が挙げられると考えています。

こちらは「分裂」というよりも、極端に一つの方向性への同調圧力が働いたり、群衆としての攻撃性が上昇するようなイメージがあります。 一部のフィールドにおいて「分裂」のフェーズが終了して、どちから一方の意見が極端に勝利した状況になっているのではないかと勝手に妄想しています。

韓国のネット上では議題によっては炎上しやすく、芸能人が職を失ったという記事を目にする事があります。 最近例としては以下の事件が挙げられます。 この事件は4年前の発言が引用されて炎上した例のようです。 過去にさかのぼって発言を掘り起こされたうえで、一度炎上してしまうと止められなくなってしまうというのは非常に怖いと思いました。

【韓国ブログ】「韓国批判」のアイドルがグループ脱退を表明

ネット上の祭りがデモへと発展し、結果として政府の方向性が変わったりという事件もありました。 BSE対策として行っていたアメリカ産牛肉の輸入禁止に対する批判がネットで加速してデモへと発展し、一部が暴徒化したようです。

IT-PLUS:ネットの「祭り」がリアルに炎上した韓国・抗議デモの事情

著名な小説家であるイ・ムンヨル氏は「ろうそく集会は偉大ではあるがおぞましいデジタルポピュリズムの勝利。少数の意見がインターネットを掌握することによって世論とみなされ勝利を収めた。すべてをこんな方式で決定するとなれば本当におぞましく、とても不安で怖い社会になるだろう」と発言した。これでまたネットの議論が燃え上がっている。

誹謗中傷などの悪質書き込みも多く、それらが実生活に影響を与える事もあり、有名女優の自殺なども発生しているようです。 そのため、悪質書き込みを規制しようとネット実名化が一部義務化されたようですが、効果が無いと断じている記事もあります。 記事中では、効果が無いどころかむしろ増えているとさえ書いてあります。

IT-PLUS:韓国有名女優の自殺ショック・なぜ悪質書き込みは止まないのか

韓国では実名を確認しないと何も書き込めない仕組みになってからも、サイバー名誉毀損の届け出件数は減るどころか増えるばかり。2005年に3662件、 2006年に4005件、2007年に4856件と着実に伸びている。実名制度だけではネット上の悪質な書き込みによる攻撃を防げないというのが、韓国を見ればよく分かる。

さらに、韓国国内での実名確認義務化に伴って、韓国版YouTubeは動画投稿とコメント投稿が出来なくなったようです。

ITmedia:韓国版YouTube、動画とコメントの投稿を制限

これらの記事を見る限り、韓国はネットが社会に与える影響に関して世界一先進的だと思えます。 インターネットが韓国に与えた変化は未来の日本を示唆しているのでしょうか? 今、日本国内が韓国と同じような突き進んでいるのかどうか、私にはわかりません。

ネット言論は悪なのか?

このような話を考えると「無差別で自由過ぎるネット言論は悪」と単純化してネットを封鎖するような方向にも行きたくなると思います。 誰でも低コストで自由に情報発信できる社会は、社会の分裂とか、極端な議論へのシフトへと向かっているようにも見えます。

しかし、その方向に逆らうように規制を強めるのは逆に危険度が上昇すると思われます。 多様な意見を表明できるチャンスは健全な話ですし、それを制限することが建設的とは到底思えません。

さらに、多くの人々が様々な意見が登場することに慣れる必要もあると思います。 無菌室にすれば、その中では健康体で居られるでしょうが、菌が外部から侵入した瞬間に全滅する恐れが高まりそうです。

最近は、様々な分裂が一度extremeな所まで行って、大問題が発生することで、個々人がネットリテラシを身につける事が当たり前となるような世界が来るしか無いのではないかと思う事があります。 (ただ、多くの人がリテラシを身につける前に法規制が発生してしまいそうだとも妄想しています。)

私がそう思う理由の一つに、知人から聞いた某発展途上国の現状があります。

発展途上国

東南アジアの某国出身の知人と最近研究の話を色々するのですが、雑談の時に「この先のインターネットがもたらすもの」に関して語り合う事があります。 彼の祖国では、今の日本とは状況が多少違うようです。

最近急激にIT化している国にとっては、例えば日本やアメリカが20年近くかけて行ってきたネットへの適応を数年で行っているようなものです。 あまりに早急で急激なIT化によって、情報リテラシ不足が当たり前の世界があるようです。

例えば、農村が急速にIT化した結果、夫が仕事に行っている間に妻が夫の携帯電話で浮気相手とメール交換をして夫に浮気がバレる事件が発生したりしているそうです。 日本では、最もバレたらマズい相手の携帯電話を使って浮気のメール交換をするというのは、あまり考えられない話です。

また、嘘を嘘と見抜く能力もまだ育っていないそうです。 ちょっとしたネット上の発言を過度に信じてしまい、結構危ない状況だという雑談をしました(なお、ここら辺に関してはソースとなるニュース記事を発見できているわけではないので話半分ぐらいで見て下さい)。

例えば、今のような状況で他国がちょっとした偽情報を流してヘイトを助長したりされると、恐らく信じて扇動されてしまう人が非常に多いと危惧する人もいるようです。 確かに、ネット経由の書き込みは国境を越えやすいため、恣意的な情報操作も国境を越えて行いやすそうです。

今後は、全体的なネットリテラシが低いといいように操られてしまう可能性もあるのかも知れないと勝手に妄想しました。

最後に

最近、このようにネガティブな考えが頭の中を駆け巡る事が増えました。 前に進むしかないのだろうけど、色々ありそうだなぁという感じです。

個人的にはネットコミュニケーションの恩恵を非常に受けており、ネットは大好きなのですが、その反面色々な揉め事や議論を見過ぎてしまったので、「これがさらに極端な方向へとシフトするとどうなるのだろう?」と考えるようになってしまいました。

10年後の世界はどうなってるんですかね???

おまけ:まあ「日本は」と書く事はナンセンスなんですけど

なお、最後にこういうことを書くのはなんですが、「アメリカ気質」とか「日本気質」というのは恐らく幻想です。 一つの国全体が同じような思想や方向性というのは、恐らく正しいとは思えません。 ただ、ある程度ざっくりと分類しないと書きようが無いこともあり、ここではかなり無理にざっくりと分類してしまっています。

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