「親の威厳」が変わって行くのか?

2009/2/9-2

Webを介した親子のコミュニケーションという記事を書いたところ、 「Generation V : Webを介した親子のコミュニケーション」という記事で言及して頂けました。

その中で、以下のように記述してあります。

発信を好む親というのはどちらかというとこれから親になる層でしょうね。どこかで機会があれば色々なサービスの使い方を教えたいところですが。

親の赤ん坊のころの動画をカラーで見れる時代。その次はハイビジョンで見れる。

親は自分と違う存在、と思っていた時代と比べて、「自分と同じ人間」という意識がより固まりそうな感じ。

テレビによくでる「友達親子」みたいな関係はその完成系?

これを見て、「将来的には親の若い頃の行動が可視化された世界が来るのかもなぁ」と思いました。 例えば、若い頃に親が某「はて○」というWebサービスを使ってヤンチャをしていた時の言動を見てしまったり、flickrにUPした旅行写真を見たり、という事を大学生ぐらいになった子供が行う可能性があるのかも知れません。

大学生といわず、小学生高学年ぐらいの子供が学校のコンピュータの授業でWebサーフィングをしていたら、親がtwitter上でリアルタイムに変態発言をしている姿に出会うのかも知れません。

最近、自分が生まれた当時の親の年齢に近い状態になってみると、色々と不思議に思う事があります。 親ではなく、学校の先生に対しても似たような感じがあります。 部活の顧問の先生は、当時は今の私の年齢に近い年齢でした。 凄い大人だと当時は思っていた相手と同じような目線になっているかも知れない自分が今ここにいます。

そう考えたとき、「大人の威厳」というのは「見えない事」や「知らない事」にある程度は依存しているのかなぁと思う時があります。 「わからないから漠然と凄いと思う」という事による「威厳」というのは、「威厳」という概念のどれぐらいの割合を占めているのだろうか?と妄想してしまいました。

過度に可視化が発達すると「威厳」という概念やその対象も徐々に変化して行くのかも知れません。 「父上」とか「母上」という概念(いつの時代の話だよ!)が減少し「友達親子」という概念が増加して行くのは、可視化による効果なんでしょうか? 少なくとも、「巨人の星」的な親子像とWebは親和性が低そうな気がしてならない今日この頃です。

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